2007年10月18日
大人の役割
亀田大毅が内藤に謝罪したようですね。 内藤の大人の対応。みごとです。 彼の懐の深さがあったから、亀田大毅も素直に謝罪しやすかったのではないでしょうか。 謝罪会見での亀田大毅の姿は、ほんとうに憔悴しているように見えました。 プロボクサーとして表に立っている以上、社会的な影響力や責任についてもっと思慮深い行動を求められるし、実践しないといけないと思います。 ですが、彼は18歳。 ボクシングまっしぐらで育ってきた、ボクシングバカ(シツレイ)。 やんちゃなカッコをしてみたり生意気ぶって見せても、渋谷や池袋で遊んでいる同世代の子よりも 傷つくことへの耐性が低いのではないかと思うのです。 フツーの子が友だちとの確執や、恋愛などを重ねることによって心の耐性を少しずつ強くしていく時期に、 ボクシングで強くなることだけに夢中になってきたのだと。 ほとんどの時間を家族と過ごしているから、外部の人と接する機会も少ないでしょう。 外的要因で傷つくことも、ほかの人より経験値として低いかもしれません。 家族や兄弟が仲良く同じ目標を持って取り組んでいることは、今の世の中、とてもよいことです。 家族と過ごすことがよくないというのではありません。 常に守ってくれる人が近くにいたので、今、世間から批難を受けている状況のダメージが、はたで思っている以上に大きいのではないかと思うのです。 反則は絶対いけないことです。スポーツマンとしても、人としても。 でも、マスコミや世間の目によって、そうまでしなければいけない状況に追い込まれた部分も ないとは言い切れないのではないでしょうか。 そして今、マスコミに、世間に叩かれている。 このまま彼が、大人や世間に対して不信感を持って育っていってしまうのではないかと心配です。 まぁ、私が心配したところでなにがどうなるわけでもないのですが…。 なにを言いたいのかというと、子どもの将来をつぶしているのは大人であることが多いなと。 大人の都合で祭り上げられ、もてはやされ。大人たちに批判される18歳。 元モーニング娘。の加護ちゃんも、喫煙場面を大人である記者にすっぱ抜かれ、 2度目の喫煙が報じられたときは大人と一緒のときでした。 未成年者の喫煙は法律で禁じられています。いけないことです。 反省すべき時期に同じ過ちを繰り返しました。反省が足りないと言われてもしかたないです。 それはそれとしてきちんと反省して、改めるべきです。 彼女の将来をつぶしたのは自分自身でもあります。 しかし、週刊誌の売り上げのために喫煙場面の写真を晒されて、反省期間であることを知っている大人が一緒にいながらそれを止めなかった。 「大人の役割」が果たされていないように思うのです。 NEWSのメンバーの飲酒問題も、大人が彼らを飲酒の場に呼び出したことがはじまりでしたよね。 いずれも都合のいいときばかりちやほやして、肝心なことは何ひとつ教えていない。 「大人」である意味をなしていません。 それだけに、内藤の対応は「大人の役割」を果たしているように思います。 元気のない亀田大毅に、 「僕が声をかけることで戻るのならうれしい。会いたいと思うし、お疲れさまと言って健闘をたたえ合いたい」 とコメントしたそうですね。 亀田大毅へのエールとともに、謝罪のタイミングをうまく促したのではないでしょうか。 バッシングの嵐の中、家族以外で彼にこんな言葉をかけてくれる人がどれだけいるでしょう。 今回のことは、亀田大毅の人生にとって大きなダメージです。 いわゆる挫折を味わっているところでしょう。 そんな中でこうして手を差し延べてくれる人が、近くにいることのありがたさ、大切さ。 内藤という「大人の役割」を身をもって知らしめてくれる人との出会いのすばらしさに気づくことができたなら、 ツライ経験も大きな学びの場として、今後の彼の糧となるのではないでしょうか。 自分は「大人の役割」をどれだけ果たしているのだろうか、果たせているのだろうか。 考えさせられるできごとでした。
- posted by ムラオカ |
- 23:11 |
- コメント(0) |
- トラックバック(0)


