木を植えた人

今日、すごく久しぶりに読んだ本があります。
10年近く前、タイへ行くときに、仲の良かった中学の社会の先生がくれた本です。

ジャン・ジオノ著  「木を植えた人」
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すごくすごく久しぶりに、それこそ、何かに誘われるように読みました。

そして、何かを直接教えてくれたり、諭してくれたりはしないんだけど、
でも、何かを感じることができたような気がしてます。

この本、案外、有名な本みたいです。こんなプロジェクトまでありました。
「木を植えた人を聴くプロジェクト」 http://www.tree22.com/

このサイトでは、この作品について、こんな風に語られていました。
『このお話は、ある人にとっては「環境問題」のお話であり、ある人にとっては「仕事」に関する話で、またある人にとっては「街おこし」の教科書であったりします。』

そして、私の心に響いた訳者が後書きに書いてたこの言葉。

『「木を植えた人」は激しい、英雄的に見える行為を描いているのではないことは無論ですが、「あなたもできることをできるときにすこしずつしましょう」といってるのでもありません。ほんとうに世を変えるのは、権力や富ではなく、また、数と力を頼む行動や声高な主張でもなく、静かな持続する石に支えられた、力まず、目立たず、おのれを頼まず、速効を求めず、ねばり強く、無私な行為です』

そんな本を読んだ今日、たまたまJICAのこんなページを見ました。
http://www.jica.go.jp/activities/jocv/3seconds/
sound on にして読むと、なんだか、こう、なんとも言えない気持ちになります。

この前、「闇の子どもたち」で、何もしない自分にわけがわからなくなると言ったけど、
こう、そうじゃなくて、何かを感じ始めてる、そんな気分な今です。


闇の子供たち

世界船の準備のために、月・火と空けておいたのに、まだ、ほとんど何もしていない。
というのも、前から気になっていた本を買って、読み始めたら止まらず、
今、大学に来る電車の中でも読み、講堂前広場で友達を待っている間にちょうど読み終わった。

その衝撃がまだ残っている。

梁 石日 著  「闇の子供たち」


タイを始めとする東南アジアの国々の児童買春・臓器売買などをテーマにした本で、
事実をもとにした、かなりシリアスな内容だ。

自分が5年間、何の不自由もなく暮らしたあの国の闇の部分では、こんなことが行われていたのだろうか?
と考えると、言葉が出てこない。

でもそれ以上に深く考えたのは、自分の無関心さ、である。

話の最後に、日本の新聞社のタイ支局に勤める男がこんなセリフを言う。

「この国の子どもたちのことは、この国の人間が解決するしかない。
 君は所詮、この国では外国人なんだ。」

この言葉、そしてこう言った駐在員の気持ち。
これは、まさしく、私がタイにいたときに感じた気持ちと同じだと思う。

ショセン ワタシハ ガイコクジン。 ワタシハ チガウ クニノヒト。

認めるには恥ずかしいことかもしれないけど、それが事実。

確かに、タイにいる間、ストリートチルドレンをたくさん見た。
ドライバーが運転するクーラーのきいた車の後部座席にいる私たちに、
裸足の子供たちが窓をふいたり、花をさしだしたりして、お金を稼いでいた。

始めの頃は、見るに耐えかねて、子供たちがよってきたら、寝たフリをした。
10バーツや20バーツあげても、私たちの生活には特に支障はない。
でも、お金を挙げたら、たくさんのストリートチルドレンが寄ってきて囲まれる事がわかっていたから、それが怖くてできなかった。

でも、5年間も住んでいると、だんだん慣れてきてしまって、
「あ~、またいるなぁ~」程度にしか思わなくなっていた。
冷房のきいた車の中から、目を開けて、暑い中、裸足で車道を歩き回る子供たちを見ていた。

日本の道を歩いていると、ノラ犬やホームレスがいる。
タイの道を歩いていると、ノラ犬や、ホームレスや、ストリートチルドレンがいる。

それは日常の生活の中に溶け込んでいて、普段ある景色の中に、裸足の子供たちがいた。
もちろんホームレスの大人達もたくさんいた。

かわいそうだとか、大変そうだとか、どうにかならないのかな?って思ったりはしたけど、
自分で、どうにかしなければ!とまでは思わなかった。

日本の駅地下にいるホームレスを見て見ないフリをするのと同じように、
タイの路上で生活するホームレス親子を見てミナイフリをしていた。

私の家にはメイドさんがいた。
15歳で、田舎から出てきてメイドとして働き、毎月、親に仕送りしていた。
13歳でタイに行った私は、日本の3倍くらいある広い部屋で悠々と暮らしたけど、
自分と同じくらいの年から働き始めたメイドさんと居合わせるのが心地悪く、彼女のいる時間に家にいたくなかった。

ボランティアで1週間、孤児院に行ったこともあった。
コーラを飲んで歯がボロボロになった子供たちと遊んでいた。
1週間通ったら、すごくかわいくて、みんな弟・妹みたいに思えたけど、
あれから5年以上経った今は、遠い世界のことのようだ。
私は、今、キレイに整備された東京の街で暮らしている。

ボランティア友達から誘われたハッピーホームというエイズ孤児のいる孤児院には、
親の反対にあって行かれなかった。
高校生だった私は、そうやって差別する両親に反発はしたけれど、
でも、結局、両親の心配を翻すだけの勇気も正義感も使命感もなくて行かなかった。

今、大学を卒業する年になって、自分の子供がエイズ感染者の孤児院に行くと言って、
簡単に「行っておいで」と言えなかった両親の気持ちは分かる気がする。
万が一の事を心配する親の心情。当たり前だ。

「闇の子供たち」は、人間の心の深い部分に立ち入った話だと思う。
児童買春の話は、一部のマニアと一部の児童売買をするヒトだけの話じゃない。
貧困・格差・戦争・政府・マフィア・軍隊・警察、、
いろんな問題といろんな人を巻き込んだ解決の見通しが立たないんじゃないかと思う問題だ。

貧しい村に生まれた子供たちや、難民キャンプにいる子供たちは、親に売られてしまう。
その子供たちを商品にする大人と、その商品を買う大人たちがいる。

大金をはたいてでも臓器移植をして我が子の命を助けたい親と、
何も知らされないまま生きながらに臓器をとらえる子供たちがいる。



タイに住んでいたとき、若い子は殺されて臓器をとられるから、とトイレに行けない場所があった。

夜中に、爆竹と一緒に拳銃の音がした日もあった。

同情心をかうために切られたのよ、と聞かされた青年には、片腕と片足がなかった。

日本の大学教授が、タイの田舎で娘を買ってくれと頼まれた話を聞いた


そう。
この「闇の子供たち」に記されてるストーリーは、きっと自分のすぐ身近の話でもあったんだ。

でも、駐在員の娘として、バンコクの外国人町で、警備員の常駐するマンションに住み、
郊外にある有名私立校に通い、デパートで買い物をし、キレイなレストランで食事をしていた私には、
そんな話は、何かの本や映画にだけ出てくる遠い世界のようで、
自分の横を歩いている子供が、そういう運命を辿っているかもしれないことは、
うすうす気がついていたのに、「こっち」と「向こう」は違うんだ、と見ないフリをしていた。

そんな私も、タイを離れて4年が経つ。
離れれば離れるほど、外国に対して無関心になる。

クーデターが起こり、デモが起こり、非常事態宣言まで出た。

親が住んでいた頃は、本気で心配した。
友達と頻繁に連絡をとっていたころも心配した。
泣きそうになりながら、ただただ、自分の知っている人たちの安否を確認したかった。

でも、時が経つにつれ、少しずつ「向こう」の話になってくる。
海の向こうで起こった話に関心が薄れてくる。。。
ニュースで流れた瞬間、すごく驚いていろいろ考えるのに、
次の日には、他のニュースに関心が移っている。

結局、自分は、ただの偽善者なのか、自分勝手なのか、ナルシストなのか、、

それでも、今、何もしない自分に意味がわからなくなっても、
無関心になることだけはやめようと思う。

そして、せめて、自分のすぐ近くにいる人たちと笑顔をつくっていきたいと思う。

最後にマザーテレサの言葉を少し。
- 愛の反対は憎しみではなく、無関心。 
- 日本人はインドのことよりも、日本のなかで貧しい人々への配慮を優先して考えるべきです。愛はまず手近なところから始まります
- 帰って家族を大切にしてあげて下さい(ノーベル平和賞受賞の際、インタビューで「世界平和のために私達はどんな事をしたらいいですか」と問われて)。 


ゆびわ

薬指に輝くひかりもの**キラキラ 
おんなのこは誰でも憧れるアレ。

恋人とお揃いで、
婚約・結婚の証に、、
と身に付ける指輪☆

結婚式の日までは、ぜーーーーーったいヤダ!と、
左手の薬指に指輪をはめるのだけは、22年間、断固拒否し続けてきたエイコです♪

で、この指輪なんだけど、海外とかでも、恋人同士では指輪はめたりするのかなぁ~~と気になって指輪について調べてみました!

左手薬指につける国は、米国、イギリス、フランス、スイス、オランダ、ユダヤ人とかで、
右指につけるのが、ローマン時代からの習慣があるドイツ、インド、ベネズエラ、チリ、スペイン、ギリシャ 
なんだって。

宗教によっては指輪をつけられないこともあるらしいです。


人類最初の婚約指輪は、古代ローマ時代。紀元前1世紀くらいまでは、飾りも何もない鉄の指輪だったそうです。

ちなみに、これには、ギリシャ・ローマ神話に関係があって、プロメテウスがゼウスに絶対服従の誓いを立てさせられたとき、鉄の指輪をはめさせられたとこからきてるって話も!
つまり、女性の権威が低かった古代ローマでは、夫への絶対服従の誓いの意味もあったらしいです。

そして、婚約時に指輪を渡すのは、家同士の関係などで親が婚約を決めてしまっていた時代に、
婚約成立時の代金の支払いの証拠として、未来の花嫁の父に渡されていたらしい。
古代ローマでは、婚約時にだけ指輪を渡し、互いに交換もしなかったんだって。

その後、ヨーロッパでは、夫婦間の契約の印として指輪が贈られていたらしい。
つまり、嫁ぐ家への忠誠を誓っていたんですね。

そして、左手の薬指にはめる習慣も、ローマの解剖学で左手薬指の欠陥と心臓が直結しているところからきてるんだって!
でも、心臓を封印して女性の意思を封印してしまう意味合いもあったらしいTT


ちなみに、ダイヤモンドつきの婚約指輪は1456年から王家の習慣になり始めて、
オーストリアのマキシミリアン大公が、マリー姫に贈ったのが最初らしいです。

一般家庭に普及し始めたのは19世紀からで、
日本では1970年に、イギリスのデビアス社が、世界的な販売キャンペーン「ダイヤモンドは永遠に」というテレビCMを流してから。「お給料の3か月分」というキャッチコピーの美しいダイヤモンドの指輪に日本中の男女が憧たらしいです!!!

幸せな分だけ余計に輝いて見えるダイヤの指輪は永遠の憧れだぁ☆☆


【一口メモー指輪の正式名なはめかた】
エンゲージリングは、マリッジリングと同じように左手の薬指に!結婚式当日までは左手の薬指につけて、結婚式の当日は右手の薬指に移します。そして結婚式が終了してからマリッジリングの上から重ねます。リングを二つつける場合はマリッジリングの上からエンゲージリングをつけるのが正式なはめかた☆


-reference-
http://wedding-dress.hocolife.com/ring/
http://www.your-diamond.net/modules/tinyd0/rewrite/tc_17.html
http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~konokatu/tani04-7-30.htm
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1211768687

ルワンダ

この夏は、友人がいろんな所に行っています。
タイ、カンボジア、韓国、インド、パプアニューギニア、ルワンダ、ガーナ、、、

学生の夏休み海外旅行は普通ですが、最後の2国は、なかなか珍しい国。
私は、この2つの国のこと、ほとんど知らず、、友達が1ヶ月ほど行っているのをきっかけに調べてみました。

とりあえず、、、ルワンダといえば、ルワンダの大量虐殺・・・。

でも、恥ずかしながら、私はその悲劇もほとんど知らなかった・・。

94年にフツ族とツチ続の間に起こった大量虐殺。
100日間で、80万人が虐殺されたという。
ホロコーストの3倍の犠牲者の数だという。

驚いたことは、この大量虐殺が長年の計画的だったこと。
新聞、ラジオ、街頭演説、政治的支配、精神的支配、神話、予言者、、
いろんな要素が使われに使われて計画され行われた虐殺だった。
アフリカで一番キリスト教が根付いていたこの国で、宗教が逆に利用されていた。
国連監視団が国連本部に知らせていたのに何も処置が行われていなかった。
その中で、必死にツチ族を守ろうとした守ろうとしたフツ族がいた。

虐殺が終わり、今は国民の直接選挙で大統領が選出され、それなりに安定して、復興への道をたどっているらしい。

あまり知らなかったアフリカの国の一つ。
何にせよ、この国と自分の母校にリンクがあったのだから、知ることが大事だと思う。
http://www.waseda.jp/wavoc/project/project_list.html#LIST08
友達が帰ってきたら、日本から、かなり遠いこの国で過ごした日々をいろいろと聞きたいな。


http://c-cross.cside2.com/html/bp0ri001.htm
http://jp.youtube.com/watch?v=xy9LdUi9cx4

宮崎駿



さて、この夏、ブームとなった 崖の上のポニョ 見てきました♪

これを見ていて、 「そういえば宮崎駿作品は、どれくらい世界に受け入れられているんだろう?」と気になりました。
そのアニメーションとしての素晴らしさは、カンヌでも認められ、世界にその名を知られる宮崎監督ですが、
ポニョをはじめ、トトロ・もののけ姫・千と千尋など、いろんな所に、日本独特の世界観・宗教観・自然に対する感覚が描かれてると思ってるのです。
だから、宮崎作品って、本当に世界の人にも、日本人が感じているのと同じように捉えられてるのかなぁ~と疑問に思いました。

去年、アメリカのDC桜祭の際に行われた日本アニメ映画祭で上映された今敏監督の「パプリカ」では、日本人とアメリカ人の感性の違いを見た気がしましたた。
笑うところ、驚くところが違かったから。
日本人が笑うところで笑いは起きない。
逆に、「え?ここで?」というようなところで、どっと笑いが起きる。
私は、あの大きくなる日本人形が夢に出てくるほど、怖くてたまらなかったけど、
多分、アメリカ人は、あの怖さを感じていないと思う。

だから、トトロやナウシカ、千と千尋、ポニョで感じる日本の神道とか八百万の神とかアミニズムとかが、外国の人も同じように感じてるか疑問なんだよね。

と思って、いろいろネットサーフィンをしていたのだけど、いまいちわからんかった。

まぁ、もちろん感覚の違いなんて、きっと誰もが違うし、それを理解する事は出来ないんだけど、ただ、子どもたちが始めて見る映画であってほしいという願いのもと創られた宮崎作品に、もしかしたら、異文化理解のヒントが隠されているかもしれないと思ったのです。


よさこいー出会い

「よさこい」

踊り子でも何でもない私だけど、なぜか、よさこいには、それなりに縁がある。

初めて出会ったのは、高校2年生のとき。
タイの高校でのInternational Festival。
日本人として何かしたい!そういう想いから、高校にいた日本人が一丸となってソーラン節を踊った。
言葉の壁に劣等感を感じ、出入りの多さに人との繋がりが薄くなり、individualismにみんなで作ることの楽しさを忘れ、identityを見失いかけていたあの頃。

2ヶ月近く、昼休みと放課後に集まり、タイでは音源を入手できなくて諦めかけたり、日本人学校に頼んで太鼓を借りたり、暑さに耐えかねてプールに飛び込んだりしながら練習して、発表したあの日。
たくさんの生徒が、先生が「すばらしい!」「最高だ!」って褒めてくれた。
初めて、日本人である事が誇りに思えて、すごく嬉しかった。

そんな私が、次に、よさこいを見たのは早稲田に入学してすぐの早稲田祭2004。
たまたま、居合わせたエンディングで、思いっきり踊ってる人たちがいた。
素直に「かっこいい!」と思ったけど、自分は関わる事がなさそうで、その人たちが、あんなに本気で楽しそうに踊っている事が羨ましくもあった。

そのまま、関わる事なく1年とちょっとが過ぎた頃、WIFに出会った。
そこで、よさこいが大好きな人たちに出会った。
人が好きになった。お祭が好きになった。早稲田が好きになった。
もう一回、ソーラン節に関わることが出来て、やっぱりいい!と思った。

その縁がめぐりにめぐって、ヤスと出合った。
そのヤスと、今年、高知のよさこいを見に行った。

すごい、よかった。
なんで、日本中で踊り子が増えてるのか、少しわかった気がする。

そして、それと同時に、こんなに日本中にチームがあるのはすごいと思った。
きっと、私が、タイで人との繋がりを感じられたように、地域を移動しても、よさこいがあれば繋がる人たちがいるんだな、って思った。こーゆーの、他にもあるのかな?

いつか、世界のいたるところで、よさこいチームが出来てたら、どこに放浪しても楽しいだろうな♪♪

麻布十番祭

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友達から話を聞いていた麻布十番納涼祭に行って見た~!
http://www.azabujuban.or.jp/event/nouryo_2008.html

まぁ、たまたま夕方麻布十番で舞台を見ていたからなんだけど。。

でも、友達から、「各国の大使館が出店を出すインターナショナルな祭だし、絶対エイコ好きだよ!」といわれて、とても行きたかったので、嬉しかったです☆☆

国際バザールをやっている場所へ行くと、
トルコ・インド・イタリア・スペイン・ドイツ・メキシコ・・・
いろんな国の料理の屋台が出てました~~♪♪

ドイツのソーセージとか、
スペインのクスクスのパエリアとか、
インドの、その場で焼いてくれるナンのカレーとか

あ~~!!もう全部食べたい!!!!って感じでした。
でも、単価が高いの。。。
そしたら、ちょうど最終日の夜で値引きが始まってww

ナンカレー900円→500円
マンゴラッシー200円→100円

と、少しお得な気分になって食べました♪にゃは。

来てる人も、インターナショナルな感じで、もはや日本にいるのかいないのかよくわかんない感じでした。
熱気は結構すごかったです。
もう、いろんな国っていうよりかは、混合多国籍な感じで、祭が行われたと思います。

でも、やっぱ祭って、みんなが楽しさを共有できる場所だよね~。
ステキだぁ~~~~☆☆
でも、久々に、あの軽い(?)ノリで全てが動いていて、とまどってしまいましたww


北京オリンピック

北京オリンピック

4年に一度の平和の祭典。
その祭典が昨日をもって、幕を閉ざしました。

スポーツをするわけでも、ファンの選手がいるわけでもない私は、
これまで、あんまりオリンピックというものをきちんと見てきませんでした。

でも、今回のオリンピックで感じた事は山ほどあります。

聖火リレー問題、日中関係、大気汚染、モラル問題、ロシア・グルジアの戦争、
オリンピックの開催にあたって、いろんな事が起きた。

聖火リレーが、あそこまで社会問題となり、メディアに報道された事って、これまであったのかな?
人種問題、中国という国の広さを感じた問題ではあったけど、
同時に、何でデモをしているのかよくわからない人や、メディアを利用とした人たちへの懸念も多く聞かれた。
「国家の品格」には、今、一番権力を持っているのはマスメディアだって書いてあった。
確かに、私達の情報源はメディアであり、その影響力・普及範囲の広さは半端ない。
だからこそ、そのメディアを利用する事が、とても大事なのだ。

それは、オリンピックの開会式でも感じた。
すごく感動したんだ。
会場を埋め尽くす人の数。完璧に統制された演技。
他のどの国にも出来ないと思えるほど、中国の長所を活かした演出だったと思う。
すごい!本当にすごい!! 素直にそう思った。

なのに、花火はCGで合成されたなんて聞いたら、何を信じていいかわからなくなる。

それでも聖火リレーのフラッシュバック映像を見ていたら、
世界中を巡って引き渡されてきたこの火は、
たとえ政治に翻弄されようとも、たとえ権力に翻弄されようとも、
平和を願って、世界中の笑顔を見たくて、受け継がれてきたんだな、と思った。

もちろん、アスリートたちの奮闘は、申し分なく熱くて、潔くて、真剣だった。
本気でカッコイイと思った。
涙ぐんだ試合がたくさんあった。
勝ち負けでも、メダルの色でもなく、人を感動させるのは、そこにあるストーリーだと思う。
選手の真剣さ、本番という魔物が訪れる瞬間のハプニング、それでも歯を食いしばって力を出し切る選手たち。
目の鋭さ、熱いオーラ、心の強さ、上へ向かう情熱、絶対に負けられない想い。
その全てが人を感動させて、勇気づけて、涙を流させるんだと思う。

私は、陸上の400mリレーが、最高にかっこよかったと思ってる。
4人が力を出し切って掴んだ胴メダル。
たくさんの選手が応援に来ていて、みんな一丸で応援していた。

他にも、一本勝ちで勝った柔道の谷本選手、
プレッシャーに勝った北島選手、
最後まで諦めなかった女子ソフトボール
靴が脱げても走り続けて、潔く去っていった松宮選手
「靴が脱げても脱げなくても、今の実力がこういう結果なんで、今日からまた頑張っていきたいです」. 
これは名言だ。

それでも、このオリンピックで一番心に残ってるのは、
射撃という、戦争や紛争を思い起こしてしまうような種目で、
銀・銅メダルをとったロシアとグルジアの選手が
握手して、抱擁して、世界平和を訴えたこと。



そう。
オリンピックは平和の祭典。
その開会式で起こったロシアとグルジアの戦争。。。
そして、両国の選手が「射撃」という種目で戦い、終わった後、お互いの健闘を称え合い、抱擁した。

オリンピックの存在意義。
本当に、世界の人が望んでいること。

平和の祭典に・・・



ぐあむ

卒業旅行でグアムに行ってきた☆

なんか、ハワイ・グアム・サイパンってよく聞くけど、メジャーすぎてあんま行かないから、卒業旅行みたいな記念で、しかもお金がない学生にとって、グアムはとってもいい場所でした。

でも、行ってびっくら~。
どこに行っても、どこを見ても
日本人、日本人、日本人



街にも日本語が溢れかえっている・

なるほど。。
確実に、グアムの中心街は、日本人観光客で成り立ってるんだね・・。
しかし、こんな外国、初めてきた。 なんか、ある意味、カルチャーショック。。
というより、なんか日本の一部みたいな感じがしたよ;;

そうは言っても、日本と違うなぁ~と感じるのは、いつものことながらの
アメリカンサイズな料理と、アメリカ流の接客。。

guam-food

そして、観光客以外は、armyやnavyの人ばっかり。
あまりに腕力ありそうな人たちばっかりで、声をかけられたら逆に怖かった;;

でも、久しぶりに飛行機に乗って、日本じゃないところにいけると嬉しい。

ずっと、ずっと思い続けていたこと・・・

飛びたい

ずっと同じ場所にいるのが、息苦しいんだ。
何かに束縛されているような、何かに馴染んでしまって動けなくなうような
そんな感じが息苦しくなる。

自由に、飛びたい
怖がりだから、そうは言っても、本当に飛んでしまえないんだけど、
でも、どこかに縛られて生きていくことには、恐怖を感じてしまう・・。

でも、帰りの飛行場で、navyの彼氏とその彼女のお別れシーンに遭遇しちゃった。
めっちゃ美男美女のカップルなんだけど、すごくセツなそうで、、
見ていたこっちも、なんだかセツなくなっちゃった。。

飛びたいとか、自由になりたいとか思っても、
私は、人との繋がりがないと寂しくて寂しくてイヤになっちゃうし、
待っていてくれる人や、守っていてくれる人がいるから、安心して「飛びたい」って思えるんだなぁ~。。
帰って来る場所があるから、どこかに行きたいって思うんだなぁ~。

やっぱり、世界中どこにいても、考えてることは、自分の大切な人たちの事で、
どこに行っても、思い出深く残っているのは、そこでの人との交流。

結局、私にとって、どんな交流もどんな企画も、そこに「人」がいないと意味がないんだなぁ~。


ソマリア

TICAD

さて、
昨日から横浜でアフリカ開発会議が開かれています。

2週間前くらいに、アメリカ時代の友達・メイとみなとみらいに行ったら
赤レンガ倉庫で、アフリカンフェスティバルやってた!!
いわゆるアフリカ人がたくさんいて、今まで、こんなにたくさん見たことなくて、少しビックリした。
やっぱ、まだまだ世界は広いね。。うん。

で、 TICAD影響か、最近はTVでもアフリカがよく話題にあがります。

昨日は、Newsゼロで ソマリアについてやってました。

20080529-00.gif ←ソマリア・・ここだよ、ここ!!
(外務省のHPから)

私、恥ずかしながらソマリアって名前を聞いたことがある程度だったんですが、
なんと、15年以上も無政府状態が続いてるんだって・・・。
内戦がずーーーーっと続いてて、毎日銃声が響いてる・・。
ジャーナリストも危なすぎて、滅多に入れない国。
世界で最も危険な国 とも言われているソマリア。

テレビから見えたのは
憎い前提政府軍に向かって銃口を向ける10歳くらいの裸足の少年とか
生活費がなくて暫定政府に雇われる事になった15歳くらいの少年兵とか
危ないから外に出ることも出来ず、ベットの下で銃声に怯える少女とか、
勉強が好きなのに、家庭教師も捕まって勉強できない子供たちとか。

小学校の就学率が13%の国で、
「将来は大学に行って、勉強したい」と目を輝かせてた女の子を見てたらさ、
なんか、私は、本当に、幸せに平和に暮らしているなぁ、、と思ったよ。。

で、何か出来る事はないかな、、と思いながら、
とりあえずソマリアについて知ろうと思って、調べてたら、
昔、黒柳徹子さんがソマリアへ行ったときの話しが載ってる記事を見つけました。
http://www.inv.co.jp/~tagawa/somalia/somalia.html

なんと、ソマリア女性の98%が女性性器を切除してるって・・・・。
4~10歳の間に切除して、してないと結婚できなかったりするらしい・・・。
しかも、麻酔もなく、縫い針は植物のトゲで。。あいたたたたた。
もう、後遺症だってあるし、感染症とかトラウマとか、それはそれは問題がたくさん。。
でも、2000年前くらいから存在して、アフリカ53カ国中28カ国で行われてるんだって。

そんなトラウマになるようなことだったら危ないし辞めたほうが、、って思うけど、
慣習みたいだし、女の子は、むしろ憧れ的に、その切除を待つ望むんだって。
ちょい前の中国の纏足とか、キリスト教の処女の純潔を重んじるとか
そういう感じなのかな。。

anyway、、
「僕が嫌いなのは銃声と人殺し」と応えていた少年の顔が忘れられません。

何が良くて何が悪いのか、分からないことは多いけど、
でも、誰かが死んだら、誰かが悲しむから、
どんなに小さくても学力がなくても、人殺しが嫌だってのはわかるから、
だから、みんな平和を祈るんだろうなぁ。。。