木を植えた人

今日、すごく久しぶりに読んだ本があります。
10年近く前、タイへ行くときに、仲の良かった中学の社会の先生がくれた本です。

ジャン・ジオノ著  「木を植えた人」
20080911-00.jpg

すごくすごく久しぶりに、それこそ、何かに誘われるように読みました。

そして、何かを直接教えてくれたり、諭してくれたりはしないんだけど、
でも、何かを感じることができたような気がしてます。

この本、案外、有名な本みたいです。こんなプロジェクトまでありました。
「木を植えた人を聴くプロジェクト」 http://www.tree22.com/

このサイトでは、この作品について、こんな風に語られていました。
『このお話は、ある人にとっては「環境問題」のお話であり、ある人にとっては「仕事」に関する話で、またある人にとっては「街おこし」の教科書であったりします。』

そして、私の心に響いた訳者が後書きに書いてたこの言葉。

『「木を植えた人」は激しい、英雄的に見える行為を描いているのではないことは無論ですが、「あなたもできることをできるときにすこしずつしましょう」といってるのでもありません。ほんとうに世を変えるのは、権力や富ではなく、また、数と力を頼む行動や声高な主張でもなく、静かな持続する石に支えられた、力まず、目立たず、おのれを頼まず、速効を求めず、ねばり強く、無私な行為です』

そんな本を読んだ今日、たまたまJICAのこんなページを見ました。
http://www.jica.go.jp/activities/jocv/3seconds/
sound on にして読むと、なんだか、こう、なんとも言えない気持ちになります。

この前、「闇の子どもたち」で、何もしない自分にわけがわからなくなると言ったけど、
こう、そうじゃなくて、何かを感じ始めてる、そんな気分な今です。


闇の子供たち

世界船の準備のために、月・火と空けておいたのに、まだ、ほとんど何もしていない。
というのも、前から気になっていた本を買って、読み始めたら止まらず、
今、大学に来る電車の中でも読み、講堂前広場で友達を待っている間にちょうど読み終わった。

その衝撃がまだ残っている。

梁 石日 著  「闇の子供たち」


タイを始めとする東南アジアの国々の児童買春・臓器売買などをテーマにした本で、
事実をもとにした、かなりシリアスな内容だ。

自分が5年間、何の不自由もなく暮らしたあの国の闇の部分では、こんなことが行われていたのだろうか?
と考えると、言葉が出てこない。

でもそれ以上に深く考えたのは、自分の無関心さ、である。

話の最後に、日本の新聞社のタイ支局に勤める男がこんなセリフを言う。

「この国の子どもたちのことは、この国の人間が解決するしかない。
 君は所詮、この国では外国人なんだ。」

この言葉、そしてこう言った駐在員の気持ち。
これは、まさしく、私がタイにいたときに感じた気持ちと同じだと思う。

ショセン ワタシハ ガイコクジン。 ワタシハ チガウ クニノヒト。

認めるには恥ずかしいことかもしれないけど、それが事実。

確かに、タイにいる間、ストリートチルドレンをたくさん見た。
ドライバーが運転するクーラーのきいた車の後部座席にいる私たちに、
裸足の子供たちが窓をふいたり、花をさしだしたりして、お金を稼いでいた。

始めの頃は、見るに耐えかねて、子供たちがよってきたら、寝たフリをした。
10バーツや20バーツあげても、私たちの生活には特に支障はない。
でも、お金を挙げたら、たくさんのストリートチルドレンが寄ってきて囲まれる事がわかっていたから、それが怖くてできなかった。

でも、5年間も住んでいると、だんだん慣れてきてしまって、
「あ~、またいるなぁ~」程度にしか思わなくなっていた。
冷房のきいた車の中から、目を開けて、暑い中、裸足で車道を歩き回る子供たちを見ていた。

日本の道を歩いていると、ノラ犬やホームレスがいる。
タイの道を歩いていると、ノラ犬や、ホームレスや、ストリートチルドレンがいる。

それは日常の生活の中に溶け込んでいて、普段ある景色の中に、裸足の子供たちがいた。
もちろんホームレスの大人達もたくさんいた。

かわいそうだとか、大変そうだとか、どうにかならないのかな?って思ったりはしたけど、
自分で、どうにかしなければ!とまでは思わなかった。

日本の駅地下にいるホームレスを見て見ないフリをするのと同じように、
タイの路上で生活するホームレス親子を見てミナイフリをしていた。

私の家にはメイドさんがいた。
15歳で、田舎から出てきてメイドとして働き、毎月、親に仕送りしていた。
13歳でタイに行った私は、日本の3倍くらいある広い部屋で悠々と暮らしたけど、
自分と同じくらいの年から働き始めたメイドさんと居合わせるのが心地悪く、彼女のいる時間に家にいたくなかった。

ボランティアで1週間、孤児院に行ったこともあった。
コーラを飲んで歯がボロボロになった子供たちと遊んでいた。
1週間通ったら、すごくかわいくて、みんな弟・妹みたいに思えたけど、
あれから5年以上経った今は、遠い世界のことのようだ。
私は、今、キレイに整備された東京の街で暮らしている。

ボランティア友達から誘われたハッピーホームというエイズ孤児のいる孤児院には、
親の反対にあって行かれなかった。
高校生だった私は、そうやって差別する両親に反発はしたけれど、
でも、結局、両親の心配を翻すだけの勇気も正義感も使命感もなくて行かなかった。

今、大学を卒業する年になって、自分の子供がエイズ感染者の孤児院に行くと言って、
簡単に「行っておいで」と言えなかった両親の気持ちは分かる気がする。
万が一の事を心配する親の心情。当たり前だ。

「闇の子供たち」は、人間の心の深い部分に立ち入った話だと思う。
児童買春の話は、一部のマニアと一部の児童売買をするヒトだけの話じゃない。
貧困・格差・戦争・政府・マフィア・軍隊・警察、、
いろんな問題といろんな人を巻き込んだ解決の見通しが立たないんじゃないかと思う問題だ。

貧しい村に生まれた子供たちや、難民キャンプにいる子供たちは、親に売られてしまう。
その子供たちを商品にする大人と、その商品を買う大人たちがいる。

大金をはたいてでも臓器移植をして我が子の命を助けたい親と、
何も知らされないまま生きながらに臓器をとらえる子供たちがいる。



タイに住んでいたとき、若い子は殺されて臓器をとられるから、とトイレに行けない場所があった。

夜中に、爆竹と一緒に拳銃の音がした日もあった。

同情心をかうために切られたのよ、と聞かされた青年には、片腕と片足がなかった。

日本の大学教授が、タイの田舎で娘を買ってくれと頼まれた話を聞いた


そう。
この「闇の子供たち」に記されてるストーリーは、きっと自分のすぐ身近の話でもあったんだ。

でも、駐在員の娘として、バンコクの外国人町で、警備員の常駐するマンションに住み、
郊外にある有名私立校に通い、デパートで買い物をし、キレイなレストランで食事をしていた私には、
そんな話は、何かの本や映画にだけ出てくる遠い世界のようで、
自分の横を歩いている子供が、そういう運命を辿っているかもしれないことは、
うすうす気がついていたのに、「こっち」と「向こう」は違うんだ、と見ないフリをしていた。

そんな私も、タイを離れて4年が経つ。
離れれば離れるほど、外国に対して無関心になる。

クーデターが起こり、デモが起こり、非常事態宣言まで出た。

親が住んでいた頃は、本気で心配した。
友達と頻繁に連絡をとっていたころも心配した。
泣きそうになりながら、ただただ、自分の知っている人たちの安否を確認したかった。

でも、時が経つにつれ、少しずつ「向こう」の話になってくる。
海の向こうで起こった話に関心が薄れてくる。。。
ニュースで流れた瞬間、すごく驚いていろいろ考えるのに、
次の日には、他のニュースに関心が移っている。

結局、自分は、ただの偽善者なのか、自分勝手なのか、ナルシストなのか、、

それでも、今、何もしない自分に意味がわからなくなっても、
無関心になることだけはやめようと思う。

そして、せめて、自分のすぐ近くにいる人たちと笑顔をつくっていきたいと思う。

最後にマザーテレサの言葉を少し。
- 愛の反対は憎しみではなく、無関心。 
- 日本人はインドのことよりも、日本のなかで貧しい人々への配慮を優先して考えるべきです。愛はまず手近なところから始まります
- 帰って家族を大切にしてあげて下さい(ノーベル平和賞受賞の際、インタビューで「世界平和のために私達はどんな事をしたらいいですか」と問われて)。 


ゆびわ

薬指に輝くひかりもの**キラキラ 
おんなのこは誰でも憧れるアレ。

恋人とお揃いで、
婚約・結婚の証に、、
と身に付ける指輪☆

結婚式の日までは、ぜーーーーーったいヤダ!と、
左手の薬指に指輪をはめるのだけは、22年間、断固拒否し続けてきたエイコです♪

で、この指輪なんだけど、海外とかでも、恋人同士では指輪はめたりするのかなぁ~~と気になって指輪について調べてみました!

左手薬指につける国は、米国、イギリス、フランス、スイス、オランダ、ユダヤ人とかで、
右指につけるのが、ローマン時代からの習慣があるドイツ、インド、ベネズエラ、チリ、スペイン、ギリシャ 
なんだって。

宗教によっては指輪をつけられないこともあるらしいです。


人類最初の婚約指輪は、古代ローマ時代。紀元前1世紀くらいまでは、飾りも何もない鉄の指輪だったそうです。

ちなみに、これには、ギリシャ・ローマ神話に関係があって、プロメテウスがゼウスに絶対服従の誓いを立てさせられたとき、鉄の指輪をはめさせられたとこからきてるって話も!
つまり、女性の権威が低かった古代ローマでは、夫への絶対服従の誓いの意味もあったらしいです。

そして、婚約時に指輪を渡すのは、家同士の関係などで親が婚約を決めてしまっていた時代に、
婚約成立時の代金の支払いの証拠として、未来の花嫁の父に渡されていたらしい。
古代ローマでは、婚約時にだけ指輪を渡し、互いに交換もしなかったんだって。

その後、ヨーロッパでは、夫婦間の契約の印として指輪が贈られていたらしい。
つまり、嫁ぐ家への忠誠を誓っていたんですね。

そして、左手の薬指にはめる習慣も、ローマの解剖学で左手薬指の欠陥と心臓が直結しているところからきてるんだって!
でも、心臓を封印して女性の意思を封印してしまう意味合いもあったらしいTT


ちなみに、ダイヤモンドつきの婚約指輪は1456年から王家の習慣になり始めて、
オーストリアのマキシミリアン大公が、マリー姫に贈ったのが最初らしいです。

一般家庭に普及し始めたのは19世紀からで、
日本では1970年に、イギリスのデビアス社が、世界的な販売キャンペーン「ダイヤモンドは永遠に」というテレビCMを流してから。「お給料の3か月分」というキャッチコピーの美しいダイヤモンドの指輪に日本中の男女が憧たらしいです!!!

幸せな分だけ余計に輝いて見えるダイヤの指輪は永遠の憧れだぁ☆☆


【一口メモー指輪の正式名なはめかた】
エンゲージリングは、マリッジリングと同じように左手の薬指に!結婚式当日までは左手の薬指につけて、結婚式の当日は右手の薬指に移します。そして結婚式が終了してからマリッジリングの上から重ねます。リングを二つつける場合はマリッジリングの上からエンゲージリングをつけるのが正式なはめかた☆


-reference-
http://wedding-dress.hocolife.com/ring/
http://www.your-diamond.net/modules/tinyd0/rewrite/tc_17.html
http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~konokatu/tani04-7-30.htm
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1211768687

ルワンダ

この夏は、友人がいろんな所に行っています。
タイ、カンボジア、韓国、インド、パプアニューギニア、ルワンダ、ガーナ、、、

学生の夏休み海外旅行は普通ですが、最後の2国は、なかなか珍しい国。
私は、この2つの国のこと、ほとんど知らず、、友達が1ヶ月ほど行っているのをきっかけに調べてみました。

とりあえず、、、ルワンダといえば、ルワンダの大量虐殺・・・。

でも、恥ずかしながら、私はその悲劇もほとんど知らなかった・・。

94年にフツ族とツチ続の間に起こった大量虐殺。
100日間で、80万人が虐殺されたという。
ホロコーストの3倍の犠牲者の数だという。

驚いたことは、この大量虐殺が長年の計画的だったこと。
新聞、ラジオ、街頭演説、政治的支配、精神的支配、神話、予言者、、
いろんな要素が使われに使われて計画され行われた虐殺だった。
アフリカで一番キリスト教が根付いていたこの国で、宗教が逆に利用されていた。
国連監視団が国連本部に知らせていたのに何も処置が行われていなかった。
その中で、必死にツチ族を守ろうとした守ろうとしたフツ族がいた。

虐殺が終わり、今は国民の直接選挙で大統領が選出され、それなりに安定して、復興への道をたどっているらしい。

あまり知らなかったアフリカの国の一つ。
何にせよ、この国と自分の母校にリンクがあったのだから、知ることが大事だと思う。
http://www.waseda.jp/wavoc/project/project_list.html#LIST08
友達が帰ってきたら、日本から、かなり遠いこの国で過ごした日々をいろいろと聞きたいな。


http://c-cross.cside2.com/html/bp0ri001.htm
http://jp.youtube.com/watch?v=xy9LdUi9cx4

宮崎駿



さて、この夏、ブームとなった 崖の上のポニョ 見てきました♪

これを見ていて、 「そういえば宮崎駿作品は、どれくらい世界に受け入れられているんだろう?」と気になりました。
そのアニメーションとしての素晴らしさは、カンヌでも認められ、世界にその名を知られる宮崎監督ですが、
ポニョをはじめ、トトロ・もののけ姫・千と千尋など、いろんな所に、日本独特の世界観・宗教観・自然に対する感覚が描かれてると思ってるのです。
だから、宮崎作品って、本当に世界の人にも、日本人が感じているのと同じように捉えられてるのかなぁ~と疑問に思いました。

去年、アメリカのDC桜祭の際に行われた日本アニメ映画祭で上映された今敏監督の「パプリカ」では、日本人とアメリカ人の感性の違いを見た気がしましたた。
笑うところ、驚くところが違かったから。
日本人が笑うところで笑いは起きない。
逆に、「え?ここで?」というようなところで、どっと笑いが起きる。
私は、あの大きくなる日本人形が夢に出てくるほど、怖くてたまらなかったけど、
多分、アメリカ人は、あの怖さを感じていないと思う。

だから、トトロやナウシカ、千と千尋、ポニョで感じる日本の神道とか八百万の神とかアミニズムとかが、外国の人も同じように感じてるか疑問なんだよね。

と思って、いろいろネットサーフィンをしていたのだけど、いまいちわからんかった。

まぁ、もちろん感覚の違いなんて、きっと誰もが違うし、それを理解する事は出来ないんだけど、ただ、子どもたちが始めて見る映画であってほしいという願いのもと創られた宮崎作品に、もしかしたら、異文化理解のヒントが隠されているかもしれないと思ったのです。


よさこいー出会い

「よさこい」

踊り子でも何でもない私だけど、なぜか、よさこいには、それなりに縁がある。

初めて出会ったのは、高校2年生のとき。
タイの高校でのInternational Festival。
日本人として何かしたい!そういう想いから、高校にいた日本人が一丸となってソーラン節を踊った。
言葉の壁に劣等感を感じ、出入りの多さに人との繋がりが薄くなり、individualismにみんなで作ることの楽しさを忘れ、identityを見失いかけていたあの頃。

2ヶ月近く、昼休みと放課後に集まり、タイでは音源を入手できなくて諦めかけたり、日本人学校に頼んで太鼓を借りたり、暑さに耐えかねてプールに飛び込んだりしながら練習して、発表したあの日。
たくさんの生徒が、先生が「すばらしい!」「最高だ!」って褒めてくれた。
初めて、日本人である事が誇りに思えて、すごく嬉しかった。

そんな私が、次に、よさこいを見たのは早稲田に入学してすぐの早稲田祭2004。
たまたま、居合わせたエンディングで、思いっきり踊ってる人たちがいた。
素直に「かっこいい!」と思ったけど、自分は関わる事がなさそうで、その人たちが、あんなに本気で楽しそうに踊っている事が羨ましくもあった。

そのまま、関わる事なく1年とちょっとが過ぎた頃、WIFに出会った。
そこで、よさこいが大好きな人たちに出会った。
人が好きになった。お祭が好きになった。早稲田が好きになった。
もう一回、ソーラン節に関わることが出来て、やっぱりいい!と思った。

その縁がめぐりにめぐって、ヤスと出合った。
そのヤスと、今年、高知のよさこいを見に行った。

すごい、よかった。
なんで、日本中で踊り子が増えてるのか、少しわかった気がする。

そして、それと同時に、こんなに日本中にチームがあるのはすごいと思った。
きっと、私が、タイで人との繋がりを感じられたように、地域を移動しても、よさこいがあれば繋がる人たちがいるんだな、って思った。こーゆーの、他にもあるのかな?

いつか、世界のいたるところで、よさこいチームが出来てたら、どこに放浪しても楽しいだろうな♪♪