2008年03月11日
162.言葉の違い・認識の違い
おはようございました。たびびとです。 最近、あらためて感じた言葉、認識の違いについて2つほど。 現在起こっている異常気象、気候変動は疑いのない現実だと感じています。 早急に各種の対策を「地球レベル」で進めていくことが、現在地球に住んでいる私たちの使命です。 Think Global.Act Local.ですね。 さて、それは誰のためなのでしょうか? 現在の二酸化炭素の排出量は、地球の持っている処理能力を超えています。 だから、地球の処理能力以下に排出量を下げる。 それは地球のためなのでしょうか? そう、皆さまの「エコナコトブログ」のなかでも話題になってました。 ■「地球にやさしい??|エコな社長のエコな日々|エコナコト」 ■「危機に瀕しているのは、地球ではなく人間|Eco philosophia~ココロのエコ~|エコナコト」 地球はそんなに弱いものではないのでしょうね。 気候変動の防止は、地球に住む「人間」のためです。 もちろん、多くの生物にも関係がある問題ですね。 「地球のため」、「地球のこと」っていうと響きがよいのですが、本当は自分たちのためですよね。 「未来の子供達のため」と考えるのがよいのでしょうか。 ■ ■ ■ もう一つ、植物を「育てる」という言葉のこと。 以前、農業関係の講師の方がおっしゃってました。 「育つのは植物であって、私たちはお手伝いをするだけ」 初めてそう聞いたとき、なにを意味しているのか、よく理解できていませんでしたが、最近何となく、その言葉の意味がわかってきました。 ともすると、私たちが「育ててる」と錯覚をおこしますが、植物が「勝手」に育っていくのです。 それをじゃましないように、ちょっとだけ手助けをしているだけですよね。 ちょっとした違い、でも、考え方は大きく違うと思いませんか? 自然に対して少し謙虚になれる。 そんな気がします。 ではでは。 追伸: そうでした。人生を「生きている」という言葉も正しいとおもいます。 でも、「生かされている」という認識も正しいと感じています。
- posted by たびびと |
- 06:00 |
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- Re:162.言葉の違い・認識の違い
- たびびとさん、おばんでした。
ドラマ「北の国から」の脚本で有名な倉本聰氏が「自然保護」と言う言葉があちこちで聞かれるようになった頃「いつから人は自然を保護する立場になったのか?(いつからそんな思い上がった考えをするようになったのか)」と、いうような発言をされたことがありました。
「北の国から」の最終回の最後で、父・黒板五郎は子供たちに書いた遺言の中で「自然は、おまえらを死なない程度には、充分、毎年食わせてくれる。自然からちょうだいしろ。そして、謙虚に、慎ましく、生きろ。」と書いています。
今日のたびびとさんのブログを拝見し、そんな事を思い出しました。
- posted by ジムニー乗り |
- 2008-03-11 22:05
- Re:162.言葉の違い・認識の違い
- ジムニー乗りさん。コメントありがとうございます。
倉本聰さんの発言、なるほどです。
「遺言」の言葉も素晴らしいですね。
その言葉が直ぐに引き出せるジムニー乗りさんも、相当なフリークですね!
自然の器の範囲、恵みのなかで暮らす生活をめざしたいですね。
- posted by たびびと |
- 2008-03-12 18:03



