162.言葉の違い・認識の違い

おはようございました。たびびとです。

最近、あらためて感じた言葉、認識の違いについて2つほど。

現在起こっている異常気象、気候変動は疑いのない現実だと感じています。
早急に各種の対策を「地球レベル」で進めていくことが、現在地球に住んでいる私たちの使命です。
Think Global.Act Local.ですね。

さて、それは誰のためなのでしょうか?

現在の二酸化炭素の排出量は、地球の持っている処理能力を超えています。
だから、地球の処理能力以下に排出量を下げる。

それは地球のためなのでしょうか?

そう、皆さまの「エコナコトブログ」のなかでも話題になってました。

■「地球にやさしい??|エコな社長のエコな日々|エコナコト」

■「危機に瀕しているのは、地球ではなく人間|Eco philosophia~ココロのエコ~|エコナコト」


地球はそんなに弱いものではないのでしょうね。

気候変動の防止は、地球に住む「人間」のためです。
もちろん、多くの生物にも関係がある問題ですね。

「地球のため」、「地球のこと」っていうと響きがよいのですが、本当は自分たちのためですよね。

「未来の子供達のため」と考えるのがよいのでしょうか。

 ■  ■  ■

もう一つ、植物を「育てる」という言葉のこと。

以前、農業関係の講師の方がおっしゃってました。

「育つのは植物であって、私たちはお手伝いをするだけ」

初めてそう聞いたとき、なにを意味しているのか、よく理解できていませんでしたが、最近何となく、その言葉の意味がわかってきました。

ともすると、私たちが「育ててる」と錯覚をおこしますが、植物が「勝手」に育っていくのです。
それをじゃましないように、ちょっとだけ手助けをしているだけですよね。


ちょっとした違い、でも、考え方は大きく違うと思いませんか?

自然に対して少し謙虚になれる。

そんな気がします。


ではでは。

追伸:

そうでした。人生を「生きている」という言葉も正しいとおもいます。
でも、「生かされている」という認識も正しいと感じています。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL

http://www.econakoto.net/kazetomorino/tb_ping/172

この記事に対するトラックバック一覧

コメント

この記事に対するコメント一覧
Re:162.言葉の違い・認識の違い
たびびとさん、おばんでした。

ドラマ「北の国から」の脚本で有名な倉本聰氏が「自然保護」と言う言葉があちこちで聞かれるようになった頃「いつから人は自然を保護する立場になったのか?(いつからそんな思い上がった考えをするようになったのか)」と、いうような発言をされたことがありました。

「北の国から」の最終回の最後で、父・黒板五郎は子供たちに書いた遺言の中で「自然は、おまえらを死なない程度には、充分、毎年食わせてくれる。自然からちょうだいしろ。そして、謙虚に、慎ましく、生きろ。」と書いています。

今日のたびびとさんのブログを拝見し、そんな事を思い出しました。
Re:162.言葉の違い・認識の違い
ジムニー乗りさん。コメントありがとうございます。
倉本聰さんの発言、なるほどです。

「遺言」の言葉も素晴らしいですね。
その言葉が直ぐに引き出せるジムニー乗りさんも、相当なフリークですね!

自然の器の範囲、恵みのなかで暮らす生活をめざしたいですね。

コメントフォーム
名前:
URL:
コメントタイトル:
コメント: