265.塗装の質は手間のかけかた

おはようございました。たびびとです。

仕事の関係で、お盆休みが取れない状態です。
街中はビジネスマンの姿が少ないですね。

さてさて、現在、我が田園住宅の建設中ですが、デッキ材の塗装に着手しています。
それが終わったら、外壁の塗装が待っています。

写真は、一度塗りのデッキ材を乾かしているところで、もう一度塗って完成の予定です。

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さて、たまたま次のWebサイトにて、塗装について書かれた資料を拝見しました。

■「ハードとしての確実な家作り:22.塗装工事」

凄い情報量が詰まったサイトです。

塗装の部分で興味を惹かれたところがあります。

(出典:タクミホームズ ハードとしての確実な家作り)
『(前略) 塗装の本場、アメリカでは専ら塗膜を作る塗り方です。何年にもわたって塗装に塗装を繰り返し、下地が何であったか分からないくらいに、厚く塗膜をつくります。こうなると、塗料の本領が発揮されてきて、実に深みをもった貫禄のある仕上げとなってきます。日曜大工の盛んなアメリカでは、一家の主によっても、気軽にペンキ塗りが繰り返し行われています。
(中略)
塗装の質とは、塗料その物の質よりも何回塗ったかにある、といっても過言ではありません。
(中略)
 建築塗装は、一回か二回塗りで仕上がらないと困る、前述しました。しかし、本当のことを言えば、新築時の塗装では、塗料本来の性能はでていないのです。何度も何度も塗り重ねることが、塗装本来の姿で、ピアノ塗装にしろ、自動車塗装にしろ、良い物は必ず何重にも塗られています。建築塗装が、一度の塗りっぱなしで許されているのは、塗面それ自体を楽しむのではなしに、下地の保護とせいぜい表面の色を楽しむだけだからでしょう。日本でも、塗面の質感などが評価の対象になってくれば、建築塗装ももう少し高級な仕上げになってくるかも知れません。

 塗装材料、つまり塗料は安い物です。塗装の質感は、何度塗り重ねたかによりますから、充実感ある塗装は、つまるところ手間のかけかたです。高価な塗料を使ったかではなく、何回塗ったか=どのくらいの人手がかかっているか、これが塗装の価値です。建築塗装の歴史のない日本では、塗料を塗ることの意味が違うようにとらえられています。何度も塗るという手間を嫌い、まさに食わず嫌いという状態で、塗装はクロスに侵食されています。

 塗装に限らず、長年にわたって、手入れされることによって、本来の性能を発揮する材料は、近年だんだんと廃れています。10年後には、上品で貫禄をもった建物になっています。しかし、新築の今は質素です。これでは建築主は、なかなか納得しないでしょう。しかもその間、不断の手入れが必要とあっては、よけいに歓迎されません。いくら匠研究室だとしても、完成引き渡しのときに、あまり見栄えのしない材料は、使いにくいものです。その上、毎年ペンキ塗りに参上するわけにもいきませんから、自然と塗装仕上げは減っていきます。

 日本の事情は、それでもいいでしょう。しかし、それによって塗装自体が駄目なのだ、とは思わないで下さい。私たちは、アメリカ人たちを消費文明の張本人と、決めつけがちです。ところが、彼らは家の手入れを実にマメにします。そこでは、ペンキが大活躍です。家の男たちが、気軽に何度も何度も、ペンキを塗り重ねていきます。ですから各家々に塗られた塗面は、とても豊かな質感をもっています。(後略)』


つまり、素人の私が家づくりを手がけて、プロの皆さんを質で凌駕することができるとしたらここだと思った次第です。

確かに札幌時計台などの塗装も相当厚みが出ており、質感があります。

これからの材料の色塗りも丁寧に行っていこうと思いますし、家が完成してからも、マメに塗装を繰り返すことで、質感と耐久性と、そして愛着を高めて行きたいと思います。

「塗装の質は手間のかけかた」

ではでは。