2008年10月05日
マナスルの神様は溶けました
生きてます!!生きてるって素晴らしい!空気がうまい!大好きな卵丼にレッドブル。生きていること、生かされていることに感謝です。例のバケツ一杯分の風呂にも入りました。そして、急激な気圧の変化なのか、ここにきて初めて切れ痔にもなりました。最高です。この一週間、標高7100mまでの生活は悪夢の連続でした。 でも、希望を見捨てず、天高く登ってきました。結果的には7100mまでしか行けませんでしたが・・・ 体の不調は、序盤からでした。いつもはあるはずの食欲が、今回は不思議とありませんでした。高所では、お湯を入れるだけで御飯ができるアルファ米やラーメンを食べるのですが、全く食欲がなく、毎日レーズンとアミノバイタルクッキーだけを食べていました。でも最終キャンプでは、初めてハヤシライスを食べました!しかし、徐々に体力がなくなっていき、最終的には酷い高山病に苦しめられました。 ベースキャンプに降りてからの反省会で、なぜ食欲がなくなったのかという議論になり、結果的にはアルファ米とラーメンにあきた!という結果でした。次からは生ものを持っていきます。 今年のマナスルはとても危険だそうです。僕がキャンプ3にいた時に、一回目アタックで各国の登山隊がアタックをしていましたが、あまりの雪の深さにラッセル(雪をかき分けて前に進む)に苦しめられ、時間がかかり、凍傷になっている人や脳浮種で亡くなってしまったフランス人など、修羅場が繰り広げられていたようです。そのころ僕は、キャンプ3のテントの中で寒さと格闘しておりました。 なぜ寒いのかというと、軽量化のために用意した夏山用の薄いシュラフ(マイナス5度までの寝袋)で寝ていたためです。あまりにも薄く、熱が寝袋を通して雪を溶かし、テントを撤収しようとすると雪の地面が人型になっていました。 今年のヒマラヤは雪が非常に多いです。6900mでク―ラ・カンリの雪崩の件を聞きました。そのうち2名がお世話になっていた人だっただけに、かなりショックを受けました。確かに今年のマナスルは、1日で雪積が50センチ以上も積もったりと、異常なくらい雪が多いです。そして、何度も雪崩を目撃しました。 キャンプ3からベースに下山する時に、ルート上に巨大な雪崩の跡があり、道が無くなっていました。車1台分の氷の塊がゴロゴロと落ちていたのです。タイミングが悪ければ僕も飲み込まれていました。全ては時の運です。 雪崩の事故を聞き、それからは自分の置かれている状況が怖くなってきました。標高6900mの小さなテントの中で、自分の体が弱くなっていくのを感じていました。高所では大量の水を作り、水分補給をしなければいけないのですが、それすらもやる気がなくなり、最終的には標高7400mのキャンプ4に行くことをやめました。 無酸素で8000m峰を登るには、必ず標高7500mにタッチしなければいけません。でも、高所に対する順応がうまくいかなく、体力がなくなる一方でした。 10月4日、一睡もできない中、僕は下山を決意しました。テントに柔らかい光が射し、凍っているテントの窓を開けると、マナスルに太陽の光が刺さり、地平線の向こうまで青い光が届いていくところを見ました。その青い光が広がっていく瞬間を見た時に、もう一歩踏み出したいと思い、標高7100mの巨大なセラックの上まで登り、そこからスキーで滑りました。 ちくしょー!とマナスルの雪面に屁をかけながら滑りました。さすがに7000m、めちゃくちゃ苦しかったです。 そして、生きて下山したわけです。でもなぜあれだけ何も食べず、酸素濃度も低いのにスキーができたのでしょうか。もしかしたら最後に、うまく高所順応ができてきたのかもしれません。 最後に、なぜスキーができるのに下山したの?と聞かれましたが、理由は僕のiPotの充電が切れ、音楽が聴けなくなったから。それだけです。
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7100mからスキー滑降。これはまだリハーサル。次は山頂からです
あ!!マナスルの神様が・・・さらば きょにゅう 今日、明日はベースでゆっくり休養します。そして、アタックに向けて動きだします。ここからが本番です。体とアイポットの充電して、再びマナスルの頂上に向けて出発します。 生きている。ありがとう。 ナマステ! ●現地レポートを毎日配信!メルマガ登録募集中!● 登録はこちら。 ●現地からの栗城生レポート更新中!● 第2日本テレビ
- posted by kuriki |
- 23:27 |
- マナスル遠征 |
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