2009年04月24日
ダウラギリの下で
ナマステ。 酸素濃度70パーセント。 病院では酸素マスクが必要な状況だが、 ヒマラヤの深い青い空が、 別の酸素を取り入れてくれる。 ベースキャンプ。 ここから登山が開始される。 ベースキャンプはかなり重要な役目を果たす。 このブログの更新や動画の配信などの通信、 そして、心と体を癒してくれる食事。 ちなみに今日はそばと手巻き寿司が出てきた。 全てネパール人シェフによる料理で、どれも美味しい。 今日は一日休日です。 ベースキャンプがどんなところかはヤフーファンクラブ、 またはホームページからのウィジットから見れます。 http://kurikiyama.jp/widget/download.html ウィジェットはいかかでしょうか? 1日に何回もヒマラヤの写真も見れます。 もちろん無料なのでどしどしダウンロードしてみてください。 http://kurikiyama.jp/widget/download.html ダウラギリの美しい景色が見れます。 このウィジェットは、僕の思いからできたものです。 僕の冒険は自分の記録や登頂の満足ではなく、 やはり沢山の人たちに感動や勇気を頂いてもらい、 その喜びが僕のエネルギーになる登山をしたいからです。 だからこの「伝える」というものに、 こだわっているのです。 もしかすると単独だからこそ、 人との繋がりがほしいのかもしれません。 栗城隊(日本事務局も)一同、 命がけで配信しいていきます。 そして、僕もすべてをかけて、 単独無酸素で登って行きます。 もう迷いはありません。 前進して、時には退き、 そして前進していきます! だから動画を見てやってください。 お友達にも教えてあげてください。 必ず生きて帰ってきますから。 ナマステ。 PS 日本テレビ第二日テレビで、 史上初8000mからの人生相談をやっています。 http://toko.dai2ntv.jp/user/userid/toko024 皆さんの結婚、就職活動、 あらゆる悩みにお答えする企画をやっています。 ヒマラヤから人生相談。詳しくは第二日本テレビまで。 僕も人生悩んでいます。 エベレスト、行きたいな。 行きたくないな。どうしよう。 また、公式HPトップの動画も、変更になりました。 ぜひ、楽しんでください! http://kurikiyama.jp/ 写真1![]()
これが栗城隊のテントです。ひとつの村ですね。 写真2![]()
これがダイニングテントです。 この中で食事をしたり、メンバーと恋愛相談をします。 ・・・全員男なので面白くない! 写真3![]()
後ろの氷河がくずれているところが ダウラギリへの道です。 どうやって登りましょうか・・・。ウィ
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2009年04月23日
だから君は
ナマステ。 生うに。 生クリーム。 この二つは僕の大好物です。 日本の皆さんお元気でしょうか。 10時間以上にわたる行動で本当にバテテしまった。 チベットとの国境沿いが見える丘を越えるのだが、 この標高が5300mもある。 3日間で5300mを越えるのは、 現地の人でも難しいだろう。 案の定、荷物を運ぶ、現地のポーターが高山病なり、 多数の負傷者が出た。 ポーターとは、荷物をベースキャンプへ 運ぶ人たちのことをいう。 3日間でネパールの平均月収の3倍を稼ぐ、 かなり過酷な肉体労働だが、 3日間が終われば、あとパラダイスだ。 そんなポーター達も、嫌々なキャラバンだった。 なぜ、こんなに早く5300m峠を越えなければいけないのかと シェルパを束ねるサーダーに訪ねたところ、 サーダーは雪が多くなるとポーター達が逃げてしまうからと言う。 しかし、すでに1名のポーターは序盤でお金を持って消え去り、 3名のポータも高山病で苦しみ、下界に降りて行ってしまった。 他の人たちも嫌そうな顔をしている。 ポーター達にやる気を出してもらうため、 お菓子をあげたり、一人一人に声をかけて励ますが、 みな、うつろな表情だ。 突然、サーダーが怒鳴り始めた。ど うやらやる気のないポーターに叱咤激励をしているようで、 カメラマンの門谷君に訳して聞かせてもらった。 「あなた達は草しか食べていないのですか? だからいつまでたってもポーターなんです。」 これは問題発言だ。 サーダーの発言はポーター達の怒りをあげるところか、 失笑をかっている。 高山病で苦しむポーター達に薬をくばるが、 薬よりも金をくれと言われてしまう。 本当にポーター達は高山病なのか。 ポーター達も苦しいかもしれないが、 こちらは激しい頭痛に吐き気、 あきらかにポーター達よりひどい。 それでもなんとか進軍してもらうことになった。 真っ青な空に銀色に輝く山々。 酸素があれば美しく感じることができただろう。 標高5300mを超えると、 この峠で亡くなった人達のモニメントが現れた。 まさに「峠」だ。 峠を無事に下った時にメンバー全員に安堵の表情が出た。 峠を越えるとはこういうことなのかを実感したキャラバンだった。 午後18時。ベースキャンプに辿りつく。 雲が多く、目の前に山々が壁のように見えた。 時折、氷河が崩れる音が霧の中から聞こえる。 この霧の向こうにダウラギリがある。 登山はもう始まっていた。 巨大なダイニングテントに入ると、 あのポーター達が占領していた。 一人の青年が高山病で体に力が入らないから見てくれと言われた。 早速、SPO2(酸素濃度)を計測すると、 90%とかなりいい数字だ。 リンゴやチョコレートをもくもくと食べる少年に、 他に症状がないか尋ねると 御飯が口に合わなくて朝から何も口にしていないそうだ。 診断の結果、ただの腹ぺこだった。 サーダーの、 「だからあなた達はポーターなんです」 は、少し納得してしまう。 ナマステ。 写真1![]()
ポーター達です。 かれらのおかげでベースキャンプに 9割ぐらいの荷物が無事についた。 残りの1割はどこに消えたのでしょうか。 写真2![]()
テンションを高くして、高山病を和らげます。 写真3![]()
あの奥に死の峠があります。
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2009年04月22日
ダウラギリは遠い
ナマステ。 4月22日です。 正直体がつらいので、今日は簡単に終わります。 朝5時から登っていき、ダウラギリが見えました。 やはり、山はいいです。 登りたいか登りたくないのか、 山を見ると一瞬でその判断ができます。 もし、登りたくないと思うのならば、 やめたほうがいいでしょう。 でもダウラギリは僕にエネルギーを与えてくれました。 ここまではいいのですが、 今日は目的地のヒドンバレーまでいけませんでした。 総勢30名ほどのポーターがいるのですが、 キャラバン中は、ほとんど雪山登山となり、 滑落寸前のものが続出、 彼らを救出するのにかなりの時間がかかってしまいました。 また、途中で帰ろうするポーターを元気付けたりして、 隊長として、全員無事にベースキャンプ入ることに、 全力を注がなくてはいけません。 残念ながら、一人のポーターが帰ってしましました。 非常に日本人の若者に似ており、亀田大樹に似ていました。 今日はもう疲れました。 また、頭が痛い。寝ます。 なますて。 写真1![]()
ベースキャンプ設営のため、 ポーター君たちが頑張ってくれているのですが。。。 このあと大騒ぎでした。 写真2![]()
ついにダウラギリが目の前に姿を現しました。 なんて美しい山なんでしょうか! 写真3![]()
「なんだか飛べそうな気がする栗城」 あまりの絶景ゆえ・・・ 写真4![]()
峠をひとつ越えると、その先は雪、雪、雪! スキーにもいい感じの斜面が広がってました。
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2009年04月21日
虹へ
ナマステ。 今日から本格的なキャラバンが開始される。 シャワーや暖かいベットとはしばらくお別れになる。 山に来ていつも思うことは、 普段なにげない当たり前の生活の大切さや、 ありがたさに気づかされる。 ここから約1ヵ月間、ヒマラヤ男になって帰ってきたい。 しかし、このキャラバンの革新部分は、 標高4000mのヤクカルカを越えて、 標高5000mのヒドンバレーに入り、 4800mのベースキャンプに入る。 通常であれば4000mで2泊して、 高所に体を慣らし、 標高5000mに入るのだが、 荷物を上げるポーターの関係で、 明日、いきなり標高5000mに入る。 明後日にはベースキャンプと、 かなり高所順応できるかできないかのギリギリの状態で、 ベースキャンプに入る。 高山病は3700mから出てくる。 すでに頭が痛くなりそうだ。 標高5000mを超えれば酸素は地上の約半分となり、 栗城隊全員が苦しむだろう。 ブログを打っていたら頭が痛くなってきた。 実は僕は高所には弱い。 山梨の皆さんお元気ですか? ナマステ。 写真1![]()
標高4000mで花が咲いている。 酸素が薄く、寒いところで美しく咲く花を見ていると、 正直、元気づけれる。 写真2![]()
約7時間かけてようやく目的地につきました。 チャゲアンドアスカの「YAH YAH YAH」で フィナレーを飾る。 ヤー♪ヤーヤー♪ 写真3![]()
虹が出てきたので歩いてみました。 明日は晴れたらいいのにな。
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2009年04月20日
マルファー村の休日
ナマステ。 今日は休日です。 昨日の登りで早くも筋肉痛と両足の靴ずれ。 とてもこれから8000mに向かうとは思えない体だ。 それでもこの体がいくつもの奇跡を起こしてきた。 シャワーに入り、村を散策するが、 端から端まで5分と便利な村だ。 児玉さんがサングラスを失くしたので、 一緒に雑貨屋のサングラスを買いに行くと、 段ボールの中からホコリのかかったサングラスが出てきた。 手に取ってみると「グッチ」と書いているではないか。 値段はなんと300円。 恐るべしマルファー村。 その後、桃源郷と言われる村一番のお寺に向かう。 お寺がまるで村役場なんじゃなかと思うほどの大きさで、 夜になるとライトアップされる。 電力が貴重なこの村で、 電飾をキラキラさせながらライトアップされるお寺は、 いままで、見たことがない。 中に入るとだれもいなく、手作りの仏像があるが、 ここも電飾で輝いていた。 寺の太鼓でビートを奏でれば、ディスコになるだろう。 チベット仏教恐るべし。 明日から標高4000mのヤクカルカに向かいます。 今日から約1カ月間、お風呂に入れません。 ナマステ 写真1 鶏写真2
ナイトクラブ寺の内部です。 電光掲示板は何の意味があるでしょうか。 写真3
こんなところにも家が。 この人は土地がないのでしょうか。 大変です。
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2009年04月19日
風
気薄な空気が胸を締めつける。 空は青く、二羽のグルフィー(ワシ)が, こちらの様子を伺いながら飛んでいる。 南の風が温かく、そして強い。 風にのって、このまま白銀の世界に運んでくれそうだ。 ダウラギリから続く、標高4000mの小さな山のもとへ向かった。 昨日までは吐き気と腹痛に悩ませ、 体が重く感じていたのに、 山に来ると別なエネルギーが僕の背中を押してくれるようだ。 目の前には7000m山々が見える。 こんなにも空を近くに感じれる場所は、 ヒマラヤしかないだろう。 ようやく始まった。 今までは、自分は下界のままの自分だった。 副隊長の児玉さんから、 腹痛の原因は食中毒ではなく、ストレスだと言われた。 下界の様々な問題を背負ってまま来ており、 キャラバンの途中も頭を悩ませていた。 それが原因なのか分からないが、 ここ数日、腹痛と嘔吐を繰り返していた。 しかし、4000mを越え、無限に続く深い青の空を見てると、 背負っていた荷物はいつの間にか消え、 空に向かっていく自分がいた。 やはり自分は、山に向かっていく運命なのかもしれない。 この先、どんな結果が待っているかわからないが、 どんな結果でも必ず成長が待っている。 だから少しでも前に出てみたいと思う。 一歩一歩ゆっくりと。 ナマステ 写真1![]()
栗城隊です。皆さん遠足みたいです。 写真2![]()
標高4000mの肩です。 強風のせいか、やる気のスイッチが入ったのか、 ベジータになりました。 写真3![]()
うんこです。 ほれ~ほれ~
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2009年04月18日
引き続き、食中毒
ナマステ 栗城です。 現在、マルファー村にいます。 昨日から、腹痛と嘔吐が続いています。 上から下から大変です。 食中毒かと思いましたが、他のみんなは元気なので、 これから始まるダウラギリ挑戦を前にして 緊張とプレッシャーが襲ってきたのかもしれません。 マルファー村は、のどかな田園風景が広がります。 北海道の田舎を思い出します。 明日からついに山の生活に入ります。 4,000mまで順応のために登ります。 ナマステ
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2009年04月17日
明日は、4000mまで登ります。
栗城です。 ベニーから車で7時間かけて、 標高2800mマルファー村に着きました。 道中は、ずっと舗装されてないボコボコの道が続き、 少し疲れました。 この村は谷にあるので、電波の状態が悪く、 写真や動画が、送れないのが残念です。 谷から脱出すれば、また送れると思います。 待っていてください。 村の空は青く、田んぼだらけですが、 とても空が近い村です。 明日は、高所順応で標高4000mまで登ります。 ナマステ
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2009年04月14日
新年と鼻毛
ナマステ! カトマンズは今日も暑い。 安い燃料と燃費の悪い車から吐き出された、 スモークが町を覆っている。 スモークの中から見える太陽は、 この国の貧困の中で必死で生きようとしている人達の、 魂を象徴しているようだ。 ネパールに来ると鼻毛が伸びるとよく聞くが、 本当に、伸びてきそうだ。。 早速、遠征準備に取り掛かり、 ホテルを出ようとすると、 エージェントの代表ティカさんが、 ハッピーニューイヤーと言いながら来た。 なんと今日は、ネパールは新年でお正月なのだ。 今年でネパールは、2066年。 これはネパールやインドのヴィクラム歴で、 計算していているのだが、ネパールは、 世界の先をいっていた。 環境問題など色々あるが、 日本もこのまま行けば、 2066年には本当にこのスモークだらけの街のように、 なっているのかも知れない。 その時、日本人は進化して、 鼻毛が伸び、あご鬚がオシャレのように若者も、 鼻毛をオシャレ感覚で伸ばしているのかもしれない。 「2066年鼻毛の惑星」 明日は、ダウラギリに向けてプジャ(祈祷)をしてきます。 ナマステ 写真1![]()
夜のカトマンズ。 ホコリの舞い上がる道路に、 沢山のバイクが走りまわる。 写真2![]()
お昼はネパール料理の定番である、 ダルバートを食べました。 通常、食べるに前に写真を撮るはずですが、 あまりにもお腹がすいており、 食べてから、気づきました。 写真3![]()
昼寝をしているようですが、まるで催眠術ですね。 だれか起こしてあげて。
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2009年04月13日
再びヒマラヤへ
ナマステ!ナマステ!ナマ~ステ! 西に、空に、濃いガスが広がり、 ホコリような香りが懐かしく感じさせる。 ギラギラとした子供たちの目。 やってきました。 ネパールの首都、カトマンズ。 ダウラギリ遠征を決定してから1週間という、 短い準備期間でここまでこれたのが、 信じられないです。 この1ヶ月間、ブログも更新されていませんでしたが、 ここカトマンズからは、更新しまくります。 昨年は、本当に苦しい登山となった、 マナスルを無事に登り、 そしてこの春は、エベレスト(中国側)の登山を、 当初、計画しておりました。 資金も、全国で講演をさせてもらい徐々に貯まりつつ、 大手スポンサーも確定し、 いよいよ出発の時を迎えるはずでした。 しかし、ダライラマさんの即位50周年のため、 チベットは再び動乱と、厳戒態勢で、 入域すらできない状態が続き・・・ 外務省や色々な人たちから支えてもらい、 申請をしておりましたが、 結局、3月25日になっても許可がおりず、 先週の土曜日にエベレストで、 中継サポートをしてくれる、 栗城隊のメンバー全員が、都内に集まり、 今回は、別の8000m峰の山を登り、 エベレスト登頂は、8月に出発することを決断いたしました。 エベレストは、ネパール側と中国側の両方があるのですが、 僕は、中国側からの登山にこだわり続けました。 僕の夢は、単独無酸素登頂と、【世界初】となる、 エベレストインターネット動画生中継を行ない、 「生きる」ということを沢山の人達へ、伝えることです。 それには地形的な問題や、ルートの状況もあり、 中国側からの登山に、こだわり続けました。 しかし、昨年の北京オリンピックから、 チベットへの渡航すら厳しくなり、 エベレストは高さだけでなく、 本当に遠い山になってしまいました。 でも、僕はエベレストだけが最終目的ではありません。 「常に成長しつづけること」が目的なのです。 無理をしてまで、春に遠征に行かなくてもいいのではないか、 という声もありますが、 こんな時だからこそ 8000m峰を単独無酸素で登り、 少しでも前に進んでいこうと思います。 また、今回は、栗城隊が、僕以外に5人もいます。 エベレストの生中継をする隊員たちです。 今回のダウラギリ遠征は、 8月に控えるエベレスト中継を、 確実に行なうための、訓練でもあります。 今回は、栗城の挑戦と、 栗城隊みんなの挑戦になるでしょう。 そして、気持ちをエベレストに繋げていきたいと思っています。 今年のダウラギリは、雪が多いようです。 ベースキャンプからキャンプ1に向けては、 クレバス地帯も広がり、 幅10mのクレバスもあるようです。 7500m以上では酸素ボンベが必要なのですが、 今回も、経費削減のために、無酸素でのアタックになります。 かなり苦しい登山になるでしょう。 でも僕は幸せです。 メンバー全員が無事に帰れることを祈って。 ナマステ 写真1![]()
カトマンズに向かう飛行機から、 エベレストが見えました。 遠い遠いエベレストでも、夢があることは本当に素晴らしい。 写真2![]()
栗城隊のメンバーです。 シンガポール空港で9時間も待ち。クタクタです。 みんな動物みたいに動き回っています。 栗城隊の特徴は統制が効かない。 気づいたら、だれかがいなくなっている、 という感じです。 写真3![]()
ものすごい機材の量です。 衛星通信機や中継の機材があります。 オーバーチャージで36万もかかりました。 ギャー死んじゃう。 謝辞 12日に千歳空港に沢山の人達が見送りにきてくれました。 お休みの日に来ていただき、有り難うございました。 また、このエベレスト単独無酸素挑戦を応援してくれた、 沢山の人達と出会いがありました。 名古屋、金沢、新潟、岐阜、佐賀、大阪、千葉、横浜、東京、 そして、桑名と 本当に温かいご支援と講演をさせて頂き、 有り難うございました。 山は「一瞬」ですが、人との出会いは「一生」です。 また無事に帰ってきて、 8月にエベレストに向かいたいなと思っています。 僕はあきらめません。 信じてくれる人達がいる限り。 あと、成田空港で、窓に張り付いて最後まで見送りをしてくれた、 大切な人にも感謝です。 ナマステ
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写真2
ナイトクラブ寺の内部です。
電光掲示板は何の意味があるでしょうか。
写真3
こんなところにも家が。
この人は土地がないのでしょうか。
大変です。

