“起きなかった”戦争はないのだろうか

 ちょっと前に、『警部補 古畑任三郎』という大人気ドラマがあった。
 
 いわゆる刑事物、というか推理物だったので、通常は何かしらの事件が発生し、それを古畑任三郎が類稀なる洞察力と推理力で解決する、というのが話の筋なのだが、ただ1度だけ、古畑が「事件が発生する前に犯人の凶行を食い止める」という回があった。
 確か古畑が、同窓会に出席し、そこでかつての同級生が同じ会に出席した同窓生を殺害しようと目論んだのを、古畑が事前に察知して食い止める、というような話だったと思う(詳しいことは覚えていない)。長門裕之さんが犯人の役で、長門さんと田村正和さん両雄の名演が光っていたのが印象に残っている。

 こんなことを思い出したのは、『emo life』さんの最新記事を読んだからだ。
 管理人misuzuさんが、「第1回東芝環境公開講座」へ行ってきた、という記事で、そこで講師の先生が、
 「環境は毎日確実に進んでいる。その変化は目に見えづらいが、気付いた時にはもう取り返せないところまで来ている。」
 と言っていたそうで、「では、歴史上“もう取り返せないところまで”来る前に、事態を食い止めることができた事例は存在しないのだろうか」ということを考えたのだ。
 
 例えば歴史上の戦争は、世界大戦であれ宗教革命であれ、「取り返せないところまできて食い止めることのできなかった」事例である、と言える。
 戦争でも事件でも革命でもなんでいいが、歴史に記されているあらゆる悲劇は、つまるところ「取り返せないところまできて食い止めることのできなかった」ことの積み重ねなのだ。
 では、今まで歴史上「取り返せないところまで来る前に、事態を食い止めることができた」ことなど1度たりともなかったのだろうか。

 たぶんそれが明らかになることで、環境問題に取り組む際の説得力が各段と変わってくるのではないだろうか。
 「今まで歴史上そんなことできたことなんて1度もないけど、地球環境は取り返しがつかなくなる前になんとかしようよ」
 と言うのと、
 「歴史はみんなが動けば取り返しがつかなくなる前に事態は止められることを証明してるんだ。地球環境もなんとかしようよ」
 と言う違いだ。かなり違う気がする。

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