2007年06月23日
理想論の終焉
前の記事を書きながら、辻信一氏のトークについて、「平和や環境保護の理想を語ることの何が悪いんだ!」とお叱りを受けそうだったので(笑)、一応ちょっと細かく書いておきます。 ①沖縄の基地撤廃について 沖縄には、日本の米軍基地の75%gが存在している、というのは、GeshiFesで語られた通りだ。日本の国土に米軍基地が存在している以上、アメリカが戦争行為を行う際には、沖縄から兵器が出撃することもあり、それは結局、日本が戦争行為に加担することと同義なのではないか、という意見は、その通りだと全面同意する。 だが、私の記憶が正しければ、沖縄はその米軍基地を引き受けることによって国からの地方援助金を保障されており、もし米軍基地を本当に撤廃させれば、沖縄の地方財政が崩壊し、倒産する会社や路頭に迷う人々が急増する、という問題が90年代初頭から提議されており、その問題はいまだ未解決のはずだ。 つまり、米軍基地があってもなくなっても、困る人々が“沖縄県民”の中にいるのであり、そのことを無視して内地の人間が基地をなくせ残せと論議するのは、結局「お国のために沖縄が犠牲になる」という前の大戦の悲劇をそのまま繰り返すことになるのではないか、と思うのだ。 米軍基地の是非については、沖縄県民が一番利益も損益も被るのであり、内地の人間ができるのは、そのコストとベネフィットをできるだけ均一化できるような政策を考えることと、沖縄県民同士の立場の差を取り持つ仲介役程度のことなのではないか、というのが私の意見だ。 ②個人の力で本当に選挙の結果は変わるのか これもGeshiFesの話の中で出てきて、これはGeshiFes問わず様々なところで言われていることだが、「変わるのか変わらないのか」と言われれば「分からない」というのが、正直なところだと思う。なぜなら、個人の力が選挙に影響力を持つ、という科学的な統計がないからだ。 現在の選挙では、各政党の「支援団体」が大きな影響力を持っていると言う。例えば自民党が、牛肉の輸入解禁や憲法9条の改変に関してはアメリカの言いなりになっているのに、米の輸入自由化についてはかたくなに拒否を続けているのは、農協が自民党の支援団体であり、米の輸入自由化を許すと支援団体から組織票が集められなくなるからだ、と言われている。 それくらい「支援団体」による組織票の力は大きく、結局のところ、「支援団体」対「個人」を考えたときに、実際投票に行く人の数はどちらが多いのだろう、と考えてしまうのだ。例えば「支援団体とその家族、友人」の数が「まったく支援団体にタッチしない個人」の数を上回れば、どうひっくり返っても個人に選挙結果を変える力はない。 そして、おそらく今は若い人ほど「支援団体の力のほうが強いんじゃないか」と思っていて、その疑心暗鬼をひっくり返すようなデータが、今のところ存在していないのだ。 ③ハチドリの物語について この話もいろいろなところで耳にする。山が火事になり、動物たちが逃げ惑うところ、1羽のハチドリが自分の口に含める程度の水を火に垂らす。動物たちは、そんなことをして何になる、と言うが、ハチドリは「自分のやるべきことをやるだけです」と返答する、という話だ。 要するに、一人一人の力は微力でも、それがたくさん集まれば大きな力になる、という教訓を示した話、ということなのだろうが、この話の結末がどうあれ、GeshiFesでの辻氏の話の中では、「結局山火事は消えたのか」が最後まで明かされることがなかった。 まあこんな感じで、なんかいろいろな部分をうまく隠しながら、理想論的な部分だけを抽出して語っていた感じが、私の中の「うすら寒い」という感覚に繋がっていたのだと思います。 ただひょっとしたら、現在は沖縄の地方援助金の問題は解決されたのかもしれないし、組織票に個人の力が勝つ、という科学的なデータもあるのかもしれない。何か情報を知っていたら、教えてくれると、嬉しいです。
- posted by よっひ~ |
- 00:52 |
- コメント(0) |
- トラックバック(0)
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL
http://www.econakoto.net/life-of-eco/tb_ping/12


