“金”の力と懐かしい未来

 今、「昭和」がブームらしい。確かに映画『Always』の公開を皮切りに、コンビニなどでも、昔懐かしい駄菓子やウルトラマングッズなどが販売されたりしていて、懐かしくも新しい物、として昭和が見直されてきているのかもしれない。

 昔を思い出す際によく言われるのが「昔は貧しかったが、心は豊かだった」ということだ。
 この間ふと聞いていたラジオでもそんなことを言っていて、実際言葉にしてそれを聞いたとき、ふとした疑問が浮かんだ。

 「昔は貧しかったが心は豊かだった」の上の句の下としてやはりよく言われるのが、「今は経済的に豊かになったが、心の大切なものを失ってしまった」という言葉だ。
 「心の大切なものを失ってしまった」という言葉がネガティブなニュアンスを含んでいるとして、昔のほうが今よりの良かった、という意味で「昔は貧しかったが心は豊かだった」ということを言っているのであれば、その人は「金を失えば再び心は豊かになる」と思っているのだろうか。

 「金を失えば再び心は豊かになる」ということは即ち、それだけ金の力を認めている、ということでもあって、その強大な力に屈服しながら、それを失くしたほうがいい、というのは、どこか無理がないだろうか。言うなれば、表向きには上司に散々ごまをすりながら、裏ではその上司の愚痴ばかり言っている会社員を見るような気分だ。

 経済的な発展によって、何か大切なものを置き去りにしてきてしまった、というのは紛れもない真実だろう。だが、その「置き去りにしてしまったもの」を取り戻すために、「もう一度昔に戻ればいい」というのは、どこか無理があって、それが一般の人の「エコロジー」や「スローライフ」や「懐かしい未来」への拒否反応として表れているような気がする。

 それに関して思うことができたので、次の記事へ続く。

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