エコと幻想のファシズム

 私は、例えば某北の国の総書記の人には、長生きをしてもらいたいと思っている。
 何を不謹慎な、と思われるかもしれないが、環境問題に携わる上で、そう考えるのは、ある種の“責務”のようなものだ、と私は捉えている。

 エコロジーとは、要するに「地球の環境を守り、環境破壊による地球滅亡を食い止めること」だが、地球の環境を破壊し続けているのは何者でもない人類であり、純粋に「地球を滅亡から守りたい」と考えるのであれば、一番確実で手っ取り早い方法は「人類を滅亡させてしまう」ことなのである。
 
 だが、大多数の人はエコロジーをそのようには捉えていない。大多数の人にとってのエコロジーの到達点とは、「環境を守ることで、人類を滅亡から救うこと」であり、意識的であれ無意識であれ、エコロジーの目的とは、厳密に言えば「地球を守る」ことではなく「人類を守る」ことなのである。

 と、するならば、私たちが守るべき「人類」とは、聖人君主から極悪人に至るまで、すべての人々を含むべきなのだ。
 なぜならば、エコロジーとは、人類全体を滅亡から救うために、地球全体を守ろうとする動きだからだ。ごく一部の人を守りたい、とするならば、その一部地域だけにシェルターなり、酸素循環システムなどを置いて、そこだけを存続させれればいい話なのだが、そういうことをエコとは呼ばない。地球全体すべての人類を救うために、地球全体すべての環境を守る、そこまでスケールが大きくなって、初めてエコはエコと呼ばれるようになるのである。
 
 人類もいろいろな人がいて、「環境破壊の元凶」とされている人も世界にはまだまだたくさんいる。だが、そういう人たちを「環境破壊の元凶だから死んでも構わない」とする考え方は、「人類を守りたい」ということではなく、「選ばれた人だけを守りたい」ということであり、それはエコロジーではなく、ただの選民思想、ファシズムになってしまう。

 世界の環境を守りたい、ということは、世界のすべての人を守りたい、ということであり、環境問題に携わり、エコロジーに寄与したい、というならば、例えばアル・ゴアやダライ・ラマからブッシュ大統領や金総書記に至るまで、すべての人々を「環境を守ることで救いたい」と思う責務と覚悟が必要だ、と思うのだ。

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Re:エコと幻想のファシズム
ハルです。
実は・・・・
もっとすごいこと考えています。

人類が環境破壊の元凶なら、人類全て全滅しないかなぁ って。

人を守るのではなく、地球のご機嫌を取ろうとしてます。私は・・・w

少なくとも、地球に対して、略奪しかしなかったわけだから、人類は。地球も怒って当然だろうなという気持ちなのです。

って・・・・ あまり過激なことかくとまずいので、この辺にしておきますね。
ああ・・・
すみません。人類を滅亡させることが出来ないか、そう書かれておりますね。

僕は、人類を滅亡するなんて事出来ないので、誰かが、または地球が全滅させてくれないかなぁって思ってます。

他力本願です ハイ。
Re:エコと幻想のファシズム
>>ハルさん

おお、こちらにもコメントが。ありがとうございます。

あんまり神秘主義に偏るのもどうかと思うのですが、昨今の天変地異や異常気象は、地球による人類排除、というか人類への拒否反応なのではないか、ということは、少なからずどの人も感じていることなのではないか、と思います。
で、実際人類はむしろ絶滅すべきである、と主張する人も、想像より多いと思いますよ(笑)。

ただ、今現在異常気象の被害を受けているのは途上国の人々が大多数で、実際に被災者や死者が出ている問題に対して、「マイ箸ってエコだよね~」と軽~く言っている人たちはむしろどう思っているのだろう、ということにちょっと興味はあります。
Re:エコと幻想のファシズム
エコロジーって「人類の 人類による 人類の為の環境操作」だと私は思ってるんだが。あ、私はそういった活動自体は否定するものではありませんです。
…ってぇかエコロジー活動の最終目標っつーか究極到達点ってどういう状態なんだろう?人類が永遠に繁栄すればOK?それともほどほど延命できたらオメデトウって感じなのか?
大体がエコロジー語る人々にとっての「自然」とか「地球」ってのは非常に限定的な意味しか持たないことが多いよね。人類の生存に適した現生態系が「自然」で、人類が存在している状態の地球が「地球」。
別に人類にとって都合が良かろうが悪かろうが自然は自然であって、人類および現生態系が滅んでも地球は地球じゃん。地球が滅ぶってことはあと50億年くらいは無いよ。んでもって地球が滅んだとしてもそれは自然のうち。
そもそも「人類」ってのは地球のパーツの一部に過ぎないのであって、そのパーツが周囲に影響与えようが自滅しようがそれは大きな自然の流れの一部でしかない。
地球創生46億年の歴史を紐解けば解るように、環境と生態系は密接な係わりをもって変化していくのが当たり前。環境を変えるのが即ち悪だと言うならかつて植物が行った大気の大改造などは人類の到底及ばない大悪事なのだろう。ま、そのお陰で我々が今存在する訳だが。
振り返って今、エコロジーの名の下に行われようとしている行為の意味するところは何か!?人類が生き残る為に現生態系を維持するってことはつまり「変化の抑止」である。本来変わっていくべき環境を人類のエゴで止めてしまうのである。それは果たして「自然」なのか?自然なのである。今生きている我々は進んで滅びたいとは思わない。故にこそあらゆる手段を持って延命を図り、出来ることなら永遠にこの星の上で繁栄を謳歌したいのである。それは生物として当たり前の欲望である。だから私はエコロジーを否定しない。
しかし、である。過去の生物史を振り返るまでも無く、特定の生物種・生態系が永遠に繁栄するなどありえない。我々が選択できる未来は「早急なる自滅」or「緩やかな衰退・滅亡」のいずれかだけだ。
どうかエコロジー活動をなさる方々はその活動の意味を正しく理解していただきたい。そして誇りを持って「人類延命活動」に邁進していただきたい。一般庶民を巻き込むのも大いに結構だが、決して耳触りの良い美辞麗句で本来の意味を誤解させることの無き様、注意願いたい。エコロジー活動とは我々人類が生き延びる為の戦いに他ならないのだから。
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