環境問題をプレゼンする際にやりがちな3つの間違い

 さて、ここでブログを書いている人の中には、日常生活上、あるいは仕事上で友人や同僚や、あるいは赤の他人に環境問題について語り、プレゼンする機会が多い、という方もいらっしゃるかと思います。
 しかしそんな時、「どうも相手に伝わってないな」「どうも相手がのってこないな」と感じるようなことも多いのではないでしょうか。
 今日は、『分裂勘違い君劇場』というブログの、「「この人無能だな」と思われる人の3つの特徴」という記事を元に、環境問題をプレゼンする際にやりがちな3つの間違い、というものを検証してみたいと思います。

 まず、上記の記事で「「この人無能だな」と思われる人の3つの特徴」を、著者はこうまとめています。

(1)発言の濃度が低い

(2)批判するときの対案がしょぼい

(3)自分の得意分野を外へつなげられない

この3つの特徴を環境問題と結びつけるとどうなるでしょう。


(1)発言の濃度が低い
 「意志決定の質は、どれだけ具体的で実効性のあるアクションと成果を生み出したかで評価されます。従って、具体的なアクションや成果につながらない発言は、すべて無駄な発言だとみなされます。」
 と、記事では書かれています。
 言うなれば、「具体的に何をすればいいのか分からない」あるいは「アクションを起こしてどういう成果が出るのか具体的な数値で示せない」発言は、すべて「無能発言」だ、ということになります。
 環境問題で例えるならば、こういうことです。

 A「地球温暖化が危険なんです!今すぐ植林しましょう!!」
 B「えー、植林はいいんだけど、それでどうなるわけ?」
 A「CO2が減るんです!」
 B「・・・具体的に、木1本につきどのくらい?で、今現状CO2がどのくらい出てて、何本植えれば温暖化は解決するわけ?」
 A「え・・・いや、とにかくたくさん植えればその分だけ成果は出るかと・・・」
 B「その「たくさん」ってどれだけなの!ついでにそれだけの木をどこから調達して、その植える土地の確保方法は!資金はいくら必要で、調達はどうやって、きちんとした財源になるまでどのくらい期間が必要で、具体的な成果が出るまでの期間はどのくらいかかって、それを公表するに値する数値成果はどの程度で、その成果に達するまでの期間の概算値は!」
 A「いや・・・あの・・・」
 B「こいつ無能だな」

 まあ、ここまで厳しい人はいないかもしれませんが、最低限プレゼンする側に立つ人間は、「懐疑派が投げかけてくるであろう疑問を10個は想定し、それに具体的な数値で応酬できるだけの準備を勉強」は必要になってくるでしょう。


(2)批判するときの対案がしょぼい
 「批判をするときは、その批判のオチが、具体的で効果的な問題解決方法であることを前提として、ディシジョンメーカーは話を聞きます。にもかかわらず、そのオチが、「そんなん、十年前から考えとったわボケ!」というようなものだったりすると、その発言を聞いた時間は無駄だったことになり、それは、ディシジョンメーカーの貴重な時間を奪い、また一歩彼を株主総会リンチへと追い詰めることになります。」

 これは、「批判するだけしておいてその対案を考えていない」あるいは「その対案が限りなく現実性に乏しい」ということです。
 環境問題で言うと、こういうことです。

 A「六ヶ所の核燃料再処理施設は、人間に取っても自然にとっても最低な施設なんです!」
 B「なるほど。最低なのは分かったけど、でももう建物立っちゃったんでしょ?そこにかかった費用はどうするの?」
 A「そんなもん、施設で働いてる人間が払えばいいんです!」
 B「・・・いや、そんな個人でどうこうなる金額じゃないでしょ。ついでに、そこで働いてる人の雇用問題は?」
 A「青森県の役所で雇ってもらえばいいじゃないですか」
 B「いや、工業施設である以上民間委託とかもあるだろうし、そんなに人を抱えられるほど、役所だって大きくないでしょうに。
  施設を止めたい、って言う以上、そこにかかったお金、そこで働く人、施設が建てられた意義、国際世論への対応、それらに対して、ちゃんと施設がなくなった後も損失が出ないようなセーフティネットがいるでしょう?そのセーフティネットはどこにあって、誰が負担して、誰が責任を総括して、いつまでに移行作業を終わらせるつもりなの?」
 A「そんな代わりとか何とか言ってるうちに施設は動きだしちゃうんです!とにかく止める、止める、止めるのが先です!!!」
 B「・・・こいつ無能だな」

 「さらに最悪なのが、そのディシジョンメーカーが、すでにその問題を十分に考え抜いていたり、すでに、かなり対策を打ったあとに、それよりも、ずっと浅いレベルで、その問題点を指摘することです。」
 批判をする以上は、誰よりもその問題を認知し、勉強し、誰よりも深い解決案を提示できる能力が求められるわけです。


(3)自分の得意分野を外へつなげられない
 「単に、自分の得意なことをしゃべればいいと言う物ではないのです。それを、相手の課題を解決するための問題解決構造を形成するための重大なパーツとして働くように、自分のコアバリューをカスタマイズして、組み込まなければ、「つかえねー専門バカ」というラベルを貼られ、以降、ミーティングには呼ばれなくなります。」
 
 これは要するに、「自分の言うことを相手の立場へ置き換えて話をすることができない」あるいは「自分の発言が、相手の立場からするとどう捉えられるのか、という想像力が持てない」ということです。
 環境問題で言うと、こういうことです。

 A「わが社も来るエコロジー社会へ向けて、CSRを重視しなければなりません!」
 B「ほうほう。それで具体的にどうするのかね?」
 A「わが社の売り上げの10%を、植林団体へ寄付すべきです!」
 B「はあ?せっかく社員が汗水流して手に入れた利益を、だだ流ししろと?」
 A「そうは言ってません!ただ地球がダメになれば、会社の利益がどうこうなんて言ってられなくなるでしょう!」
 B「いや、地球の命より社員の生活のほうが大事だろう・・・」
 A「じゃあなんですか!社長は会社の売り上げがあれば、地球はどうなってもいい、って言うんですか!」
 B「いや、そうとは言っとらん。だが、せっかく社員の一人ひとりが汗水働いて出してくれた利益を、無条件で差し渡すなど、賛成できん。」
 A「だって、地球が破滅したら生活も何もないでしょう!人間の命より、地球の命は重いんです!!」
 B「・・・ダメだ、全然話が噛み合わん。こいつは無能だ」

 人間は誰しも、関係のネットワークの中にいます。その中で、1個人の中でエコがどれだけ思い比重を示しているかは人それぞれで、エコの比重が軽いからと言って、まったくエコについて考えてすらいない、という人は少ないと思います。
 そんな人の心の内を考慮せず、ひたすらエコ最優先で話を進めよう、とするのは、ある意味で人権侵害にもつながりかねません。
 特に「じゃあ地球がどうなってもいいって言うんですか!?」という台詞は、殺し文句です。いついかなる状況でも、この台詞だけは絶対に言ってはいけません。



 いかがでしょうか。意外と、やりがちな「罠」に心当たりがあるのではないでしょうか。
 とりあえず、元ネタの記事も、非常に参考になる記述が多く、勉強になります。これからも、自分は「プレゼンター」なんだ、と言う気持ちで、常に企画職の重役会議に出るような志と使命感を持って、エコを広げていきたいものです。
 

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