考えを拒否する姿勢

 私が環境問題とか、世界平和を考える際にいつも頭においていることがある。
 それはたしか北朝鮮がミサイルを撃ってきた、というニュースが報じられた時の、『2ちゃんねる』の書き込みの一つだった。

 「好きで戦争をしてるヤツなんて一人もいないし、誰だって平和がいいって思ってるんだよ。だけどそう言ってるだけじゃどうにもならない現実があって、だからみんな一生懸命頭痛めて、どうしようか悩んだり考えたりしてるんじゃねーか。なのにただ戦争反対とか武器を捨てろとか言ってるヤツってただの無責任だと思わね?」

 戦争は残酷で悲しい。戦争なんてこの世界からなくなればいいし、兵器だって、この世から根絶されてしまえばいい。本当にそう思う。
 だがそれは現実から即して考えれば、他国からの侵略の脅威に対して無防備であることを覚悟する、ということで、おそらくこの国だけを考えても、憲法9条を守り、戦争を放棄するためには、他国から銃を突きつけられたらおとなしく両手を挙げて服従しろ、という考え方を国民全体に浸透させなければならなくて、もっと言えば、戦争反対派の人には「じゃあお前戦争反対したんだから、銃突きつけられたらみんなの盾になって一番に撃たれろよ」と言われて、「はい」と答えられる覚悟が必要になるのだと思う。

 繰り返すが、戦争はなくなったほうがいい。環境破壊も止めなければならないし、解決しなければならない問題は山積みだ。
 しかし、ただ声高に戦争反対やエコロジーを叫び、そこにかかるリスクを考慮しないのであれば、何も変えることはできないのではないだろうか。そう思う。

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