危機に瀕しているのは、地球ではなく人間

 昨日テレビで『アース・オデッセイ“地球とは何だ!?”』という番組をやっていたそうだが、どのくらいの人が見たのだろう。

 私は相変わらずテレビがないので、番組自体は見られなかったのだが、新聞に番組の紹介が載っていて、そこでの記者の言葉に深く感銘を受けた。
 紹介欄では、番組の大まかなあらすじが紹介された後、記者自身の、番組を見ての軽い感想が付せられる。
 記者は始めこう言っている。

 「こうして見ると、星としての地球には、実は環境問題など何でもないことだとよく分かる。」

 「星としての地球」という表現をしたところに意味があって、実際例えば今以上に環境破壊が進んで、人類が死滅しようとも、“星”としての地球は生き続けて、もしかしたら、星自身の自浄作用により、人類の死滅後に、生命はまた息を吹き返すかもしれない。
 この星には実際それだけの自然治癒力が備わっていて、その治癒力が、海や酸素の形成、生命の誕生、氷河期の超越など、様々な奇跡を生み出してきた。
 以前このブログでも、「本当に地球の環境の復興を最優先に考えるならば、一番手っ取り早いのは、人類が絶滅することだ」というようなことを書いたことがあったが、結局のところ、この星の自然治癒力を阻害しているのは、他でもない人類であり、そういう意味では、環境破壊は明らかな「人災」なのである。

 記者の言葉は続く。

 「「危機に瀕しているのは、地球ではなく人間」という番組のメッセージが、じわじわと迫ってきた」

 そう、実際そうなのだ。
 「地球を守ろう」「環境を守ろう」と声高に叫んでも、べつに地球は人類なんぞに守られなくても、自分で自分の世話をするくらいの力は持っている。
 結局のところ、現在の地球環境は厳密に言うと「破壊されている」のではなく、「人類が住めなくなっている」というだけのことであって、その「人類が住めなくなる」という状況を生み出したのは、何物でもない人間の欲望や無知や暴力なのだ。
 そういう意味で、今現在危機に瀕しているのは、地球ではなくて人間のほうであって、「地球を守ろう」というスローガンは、別の視点から見れば、人間同士で欲望や無知や暴力を止めることができないので、地球の問題ということにしておこう、という「責任転嫁」と映るのかもしれない。

 地球から見れば、人類の行いは
 「あ~、何勝手に自分たちで大地を汚しておいて、勝手に死ぬ死ぬ言ってるんだ。そりゃ自分たちで自分たちの住処を壊してるんだから、死んで当然だろうに。
 あ~、早いとここいつらいなくなってくんないかな~。そうすりゃ自然治癒でまたきれいな星にできるのにな~」
 みたいな気分なのかもしれない。

 
 同じ日の新聞の中面に、「3月は東京都の自殺対策強化月間です」という、キャンペーン広告があって、東京都では、年間の自殺者の数が、交通事故での死亡者の10倍にのぼる、という統計が示されている。
 
 破壊されているのは地球環境ではない。人間の心だ。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL

http://www.econakoto.net/life-of-eco/tb_ping/212

この記事に対するトラックバック一覧

コメント

この記事に対するコメント一覧
コメントフォーム
名前:
URL:
コメントタイトル:
コメント: