FIELD GLASS

 双眼鏡に 映るのは 遠い街の 景色
     幸せそうに カップルが キスして また笑う

        双眼鏡を 外したら 僕がそばにいるよ
               背中をずっと見つめてた 僕がそばにいるよ

                             高橋幸宏「FIELD GLASS」


 視野を広く持て、と言われる。自分のことばかりに目を向けてばかりで、他人への思いやり、恵まれぬ人への慈悲、そういった物事を広い視野で見つめること忘れてしまったから、不寛容、拒絶、そして環境の破壊は起こったのだ、と。

 そう言われると、ある人ははっと気づいて、世界のことを語ったりする。
 世界には私たちの国よりさらに恵まれない人がいて、私たちの国よりもさらに悲しい悲劇があって、だから私たちの悩みなんてどうでもいいようなささいなもので、私たちはむしろ恵まれていることに感謝すべきだ、と。

 分かるだろうか。そういう人は、視野を広く持ったのではない。視野を“遠くに”持って行っただけなのだ。

 例えば、絶対的な金銭の額で、持っているか持っていないか、ということで言えば、私の国の貧困層よりも金銭を持っていない国や人はたくさんいる。
 だが、それはその人が現在の状況を“恵まれていない”と感じるかどうか、とはまた別の話だ。

 この国には年間3万人の自殺者がいて、ある国ではまた何万人もの餓死者がいる。
 この国の自殺者と、彼の国の餓死者。どちらが悲しみに打ちひしがれ、絶望に苦悶しただろうか。

 それは比べようがない。

 視野を広く持ち、グローバルな視点を身につけよ、と言われ、世界に“だけ”目を付け、足元をおろそかにする、してもかなわないと断ずる人は少なくない。
 それは、要するにピンホールから双眼鏡に持ち替えただけのことで、遠くはよく見えるようになったかもしれないが、

 見えている世界の範囲は、何も変わっていない。

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