「エコかっこいい」と言うからには

 「エコかっこいい」という言葉がある。
 
 エコをすることはかっこいい、という認識を広めて、もっと多くの人にエコの輪を広げよう、というスローガンだ。
 「エコかっこいい」という言葉がある以上、逆に言うと現状ではエコはかっこ悪いと思われている、ということなのだが、エコがかっこ悪い、という前提はどのようにして生まれ、誰が言い出したものなのか、が非常に気になっている。
 なぜなら、周りで見聞きする限り「“かっこ悪い”という理由でエコをしてない」などという話は聞いたことがないし、情報ソースとして、そのような認識があるというデータや統計を見たこともないからだ。
 エコがかっこ悪い、という前提は、じつは
 「なんでエコが広まらないんだろう・・・そうだ、昔吸う姿がカッコイイ、という理由でタバコが流行ったのと逆で、かっこ悪いと思われているからエコが広がらないんだ、そうに違いない」
  というような感じで、エコロジストが、エコが広まらなかったり、自分たちの活動が見向きされないことの理由として憶測で築き上げた口実で、言うなれば単純な被害妄想の一種なのではないか、と思っている。
 
 たぶん街行く人に
 「エコはかっこいいと思いますか、かっこ悪いと思いますか」
 と聞いたら、
 「かっこいいか悪いかはよく分からないけど、善い事だと思います」
 という返事が返ってくるだろう。
 そもそも普通の人にとってしてみれば、エコを「かっこいい・かっこ悪い」で判断する、という前提そのものが存在していない。

 「エコかっこいい」ということで言えば、例えば木村拓哉がエコをすれば「エコかっこいい」ということになるだろう。蒼井優がエコをすれば「エコかわいい」ということになるかもしれない。
 このように、「エコかっこいい」とは、内面や外見を磨いてカリスマになった人や、人格的に成熟した人がエコに手を付けること、のことを言うのである。
 人格的に成熟しておらず、人望も人徳もない人が、エコをかっこよく見せようと振舞ったとして、そういうものは「エコメッキ」とか「エコ化けの皮」と称されるもので、いずれ剥げゆく類のものなのである。

 「エコかっこいい」を広めたい、と思うのであれば、エステに行って外見を磨くか、人徳を磨いて誰からも好かれ、慕われる人間になるか、どちらかしかない。
 人は「エコをしているか」を見ているのではなく、「エコをしているそいつが“人間的に”魅力があるかどうか」を見ているのである。

 身もふたもないが、そういうものなのである。

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Re:「エコかっこいい」と言うからには
エコはかっこいいとかよりも、
エコを考えられる人は知的だとか、
複合的な思考ができるっていうほうに
結びつけるといいんじゃないかとおもうのですが。

私の周りでは、リサイクルとかに熱心な人のことを
「環境オタク」っていう人がいますね。
オタクっていうイメージがあるってことは、
洗練させれば知的なところにブレイクスルーできる可能性もあるように思います。
Re:「エコかっこいい」と言うからには
>>カサゴさん

 ちなみに「エコかっこいい」って言い出したのは、私じゃないですよ(笑)。

 「オタク」って言葉も、あまりポジティブなイメージではないですよね。
 たぶんリサイクルとかに熱心なのか、リサイクルとか“だけに”熱心なのか、ということが、分かれ目なんだと思うんです。
 サッカーも上手くて、ピアノなんかも弾けて、話題も豊富で女の子にもモテて、かつリサイクルにも熱心だ、ということであれば、決して「オタク」という表現にはなりませんよね。
 1ジャンルを洗練させて突き詰めるほど、他の分野に疎くなって「専門バカ」のレッテルを貼られる、ということは、例えば企業のプロジェクトワークなどでもよくあることで、環境においても、環境のプロフェッショナルになりたいからあえて普通の生活を送ってみる、という姿勢も大切だと思うんです。

 ドラゴンクエストで有名な堀井雄二氏が、昔「ドラクエみたいなゲームを作るにはどうすればいいですか」と聞かれて、「外に出て木登りをして虫を捕まえることだ」と答えた、という逸話があります。
 「人生経験の豊富な人と、乏しい人。どちらがいいゲームを作れると思う?そして、木登りをしたことがある奴とない奴、どちらが人生経験豊富だと思う?」
 というのが下の句なのですが、そういう多彩さに目を向ける、というのは、どんなジャンルにおいても重要なことだと思います。
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