2008年04月25日
何よりもこの国のことを
先日、出勤前にコンビニで買い物をした際、レジに並んでいたら、前にいた50代くらいのおじさんが、カップラーメンと缶ビールを3本買っていた。 そのおじさんも、20代から働き始めて、この30年間、身を粉にして、仕事に情熱を燃やしてきたことだろう。30年間働き続けたその結果、平日の朝にカップラーメンと缶ビールで食事を済まさなければならない気持ちは、どのようなものなのだろう。 30年間一生懸命働き続けた人が、カップラーメンと缶ビールで朝食を済ませなければならない、という現状で、本当に持続可能な社会を築くことが可能なのだろうか、という疑問があるが、「30年間働き続けてもカップラーメンと缶ビールで朝食を済ませなければならない人々がいるので、環境問題を解決させるのは難しい」という問いたてをする人は、あまりいない。 おそらくそれは、環境問題自体が世界に目を向けているので、日本独自の社会問題として環境問題を捉える、というコンセンサス、というか下地ができていないからだろう。 例えば、「芸能人の不用意発言を糾弾してその芸能人を潰そうとする人たちがいるので、環境問題を解決させるのは難しい」とか「未婚の男性が増えていて、親の介護を息子が男手ひとつで取り持たなければならないので、環境問題を解決させるのは難しい」という言い方をする人はいないし、逆に「日本で植林活動をすれば、山形県でりんご農園の営む農家の人たちが助かる」とか「ゴミのポイ捨てをなくせば、毎週日曜日に原宿でゴスロリファッションに身を包んでたむろしている少女たちの心が救われる」という言い方がされることもない。 環境問題は、どこに目を向けているのだろう。 この国は、いまかつてない閉塞感に覆われていて、閉ざされた人々の心が、様々な社会問題を生み出している。 環境問題も、老老介護や無差別殺人や学校裏サイトや過労自殺や育児放棄や引きこもりやネットカフェ難民などと、並列に語られるべき問題なのではないだろうか。 とりあえず、一度問うてみてほしい。 「30年間働き続けてもカップラーメンと缶ビールで朝食を済ませなければならない人々がいて、環境問題の解決は可能だろうか」 と。
- posted by よっひ~ |
- 09:36 |
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