エコとは「生き延びる」こと

 現在定期的に通っているワークショップがあって、そのワークショップ後のお茶会の中で、沖縄のマングローブの話題が上った。
 今沖縄、特に西表島のマングローブが急激に減っているらしいが、現地の人はどう思っているのだろう、何とかしたいと思っているのだろうか、と。
 そのメンバーの中に、実際に西表島の民宿で働いていた、という人がいて、その人が言うには、マングローブそのものの生命力の偉大さからすると、人間が多少手を加えた程度では、何かが劇的に変化するようなことはないと、現地の人ほど痛感していて、実際にマングローブの原生林に行ってみると、
 「私たちのことはいいから、お前たち人間は、自分たちの行いを改めることに専念しなさい」
 と、マングローブに言われたような気がした、ということだった。

 
 このブログの以前の記事で、「エコロジーとは人類延命作戦である」という話題が上ったことがある。
 どんなに地球環境が破壊され、それが原因で人類が滅亡しようとも、地球は生き続けて、むしろ人類が滅亡したその後で、地球は自らの手で自然の姿を取り戻すだろう。
 そういう意味で、「地球がかわいそう」とか「地球を救いたい」などという言説は傲慢でおこがましいものでしかなく、エコロジーとは地球を救うためではなく、「愚かな人類が生き延びるための悪あがき」として捉えるべきだ、と。

 「悪あがき」としてエコロジーが存在し、自然の偉大さに比べれば、人間が自然に手を加えてできることなど、せめて「人類が生き延びられる程度に環境を維持すること」しかない。
 そう考えると、まずしなければいけないのは、その人がマングローブに言われた通り、「自分たちの行いを悔い改めることに専念する」ことであり、そういった意味では、まず私たちが優先的に考えなければいけないのは、「自分の人生を生き延びる」ことなのではないか、と思う。
 
 世界を救うとか、地球を救うとか、世界に革命を起こすとか、社会を変えていくとか、そういうことを言っている間に、自分の人生は誰かに潰されていないか、自分の心は誰かに潰されていないか、自分の幸福は誰かに潰されていないか。
 誰にも人生を潰されることなく、誰の人生を潰すこともなく、生涯を全うできる生き方を選択し、なんとしても生き延びること。
 それが、エコロジーのエコロジーたる、最も優先されるべき生き方なのでないだろうか。

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Re:エコとは「生き延びる」こと
私もその通りだと思います。

霊性が開き始めた頃は、不思議と妙な「使命感」を持ってしまって、私も「地球の為に」とか、自分以外の何かに対しての奉仕?の心が大きくなっていたのですが、次第と霊性が現実と融合できるようになると、自分の内側に意識が向いて行きました。

地球は自浄作用もあるし、人間が思うほど脆弱ではないんですよね。人間の身体に置き換えるなら、地球にとっての人間一人の力なんて、細胞1個位…もしくはそれ以下のモノでしかないと思うし…。

「木を見て森を見ず…」と言いますが、今のエコの視点では「森(地球)を見て木(足元)を見ず…」という状態かも。
一本減っても森は森だけど、自分の根っこが腐ってると、自分という木は倒れるよ…と。
Re:エコとは「生き延びる」こと
>>mikoさん

 結局エコって、「人間の、人間による、人間のための」活動なんですよね。
 このブログも、当初から「つきつめればココロの問題」というサブタイトルがついていたように、漠然とそのような予感を抱いていたところからスタートしたのですが、徐々にそれが確信に変わっていって、今は社会問題や人の内面の問題“こそ”がエコだ、という感覚に変わっていっています。
 だからこそ、スピリチュアルな世界観に興味を持ち出して、そしてmikoさんともご縁ができたわけで(笑)。すべては繋がっているのだと思います。

 ちなみに、この記事で言っている、「定期的に通っているワークショップ」というのは、mikoさんとも縁の深い、あの方のワークショップです(笑)。
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