2008年05月03日
「均一化よりも差別化」が荒廃と破壊を防ぐ
アニメ制作会社『ガイナックス』が、アニメ産業における同人活動の版権の商業化や、規模の拡大などの問題について語った「“同人出身”ガイナックスが語る、同人誌のグレーゾーン」という記事を読んだ。 『ガイナックス』は、『王立宇宙軍オネアミスの翼』『不思議の海のナディア』『新世紀エヴァンゲリオン』などを生み出した、日本のアニメ製作の頂点に立つ会社の一つだ。 ガイナックスのすごいところは、プロ並の実力を持つアマチュアたちが、下積みも経験もないままに、一から会社を設立してしまい、事実その実力のみで頂点にまで上り詰めてしまった、ということだ。 「誰かに雇われるより、自分で会社を作っちゃったほうが楽しいじゃん」という論理で、トップに成り上がった、という意味では、「働く」ということの理想形を、見事に体現してみせた会社なのである。 記事の内容も、興味ある人にとっては非常に面白い話なので、読んでみて損はないと思うが、この記事を読んでエコに絡めて考えたことが一つある。 それは記事の後半、同人誌が今や通販などを通じて、業者が仲介となり流通するルートができあがりつつある、という話で、ガイナックスの人はこんなことを語っている。 「僕のきわめて個人的な意見ですが、同人誌ってのは同人イベントで買うから面白いのではないでしょうか。ガレージキットでも、通販じゃなくてワンフェスの会場で買うから面白いんだろうと。売る側にしても、お祭りの場所で、自分の描いた絵をよろこんで買ってくれるお客さんに手渡しするのが、同人活動の醍醐味だと思うんですよ。 だから通販とかの流通が確立されてくると、それは本来の楽しみ方とズレてきているようで、半分はもったいないなあという気持ちと、もう半分は『それでいいの?』という気持ちを感じます。まあ、オヤジくさくなりますけど(笑)。 もっとも、こうした流通を否定すると『じゃあ、イベントに参加しづらい地方の人はどうなるんだ』っていう意見もあります。ただ、昔の、情報がない時代。自分たちが面白いものを掘り起こして、一生懸命人に紹介して、という活動からアニメブームが起きた事情を見てきた人間としては、現在の情報の過剰供給は、どこか行き詰まりがくるんじゃないかという気はします」 この話を読んで考えたのは、「『じゃあ、イベントに参加しづらい地方の人はどうなるんだ』」という部分だ。 たしかに地方と都市で、参加できるイベントの数や、供与できる権利の数も違う。だがなぜ、地方の人が、そんな無理くりに都市と同じ権利を主張したがるのか、という疑問がある。 地方の人が都市の人と同じ権利を主張する“理由”は一目瞭然で、情報の速さに、現実的な物質の移動の早さが追いついていないからだ。 今では情報は光ネット回線を通じて、まさに光の速さで、瞬時に、そして大量に獲得することができる。 しかし例えば、青森県でネットと通して渋谷で流行っている服の情報を見つけて、その服が欲しくなったとしても、その服が青森のスーパーに流通されることはない。 そこで地方の人たちのフラストレーションが発生する。 現実的な物質の移動の速さと量に制限がある以上、地方が都市とまったく同じ待遇や環境を求めるのには無理があるわけだが、情報だけが供給され、実際の物が供給されない、という状況下で地方の人々のフラストレーションが溜まるのも、また無理もない話で、そこで都市と地方を“均一化”させよう、という動きが、「ファスト風土」という地方の関係性や文化を崩壊する環境を生み出したり、あるいは山を破壊して道路や線路を作ろう、という公共事業を支持する母体ともなっている。 要するに「じゃあ地方の人はどうするんだ」というフラストレーションが、環境破壊を生み出している温床になっている側面が、この国においては多々あるわけである。 なぜ地方の人々が都市と均一化し、都市と同じ待遇や環境を求め続けるのか、というと、都市から発せられる情報にある「夢」が、地方にまで届いていないからであり、なぜ地方の人々が、都市の情報の「夢」に踊らされるのかというと、この国で発信される情報が、「都市発」のものばかりだからだ。 その構造は、明治時代、いや江戸時代から変化していない。 じゃあ、先述した「地方の人が、そんな無理くりに都市と同じ権利を主張したがるのか、という疑問」には既に答えがあるのか、というとそういうことではない。 私が疑問に感じるのは、なぜ「地方の人は地方のいいところを情報発信し、逆に都市の人間を羨ましがらせるように仕向けないのだろうか」という点にある。 地方はたしかに都市に比べて賃金は安いが、その分物価も家賃も安くて、有機野菜もそこらじゅうで栽培されているから賃金が安いという理由で衣食住に困ることはないだろうし、自然も多くて風光明媚だし、いいところなんて探せばいくらでも出てくると思う。 とりあえず吉野家とかPSPとかローソンとかプリクラスポットとか、いちいち羨む必要のない都市の情報なんてたくさんあって、いや、むしろ羨むべき都市のライフスタイルなんてほとんどなくて、「都市と権利を均一化しようとせず、むしろ地方が都市の優位に立つような情報の発信をする」ということで、防げる環境破壊はたくさんあるような気がするのだ。 「じゃあ地方の人はどうするのだ」ではなく、「じゃあ都市の人はどうするのだ」という意識転換に持っていくことができれば、この国も構造もかなり変わると思う。
- posted by よっひ~ |
- 21:50 |
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