神が宿る

 心の中に“狐”を飼うと良いらしい。そうするとお稲荷様のご加護で、お金が舞い込んできたり、願いが叶ったりするのだそうだ。
 その信憑性はさておいて、心の中に何かが宿っている、という感覚は、私たちは皆なんとなく共有しているのではないかと思う。
 それは妄想の中のもう一人の自分であったり、“ガイド”と言う名の妖精さんだったり、あるいは自分の中に潜む多重人格だったり、いろいろだろうが、人は誰もが、自分の中に本当の自分ではない「何か」を宿している。

 性善説を取るか性悪説を取るか、という認識の違いもあるのだろうが、私の心の中には常に「悪魔」が宿っている、という自覚がある。
 それは西洋の伝説に出てくるような、蝙蝠の化身の姿をしたものではなく、例えるなら『魔人探偵脳噛ネウロ』のような、人の姿をしながら凶悪な思考を囁く魔人で、そいつは時々心の中に現れては、憎悪や罵倒や蔑みの心をばらまいていく。
 もちろんそういった心情を表に出すことはないが、そういう「囁き」が朝に聞こえるような日は、必ずと言っていいほど運勢が悪い。

 だが、人間とは、誰もが心の中に、悪魔と神を抱え、戦い続ける生き物なのではないだろうか。
 そういう意味で、悪魔を宿した私は、まごう事なき「人間」なのだろうな、と思う。
 
 穢れと共に生きていくのだ。人間というものは。

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