世界の行く末、自分の人生

 世界の行く末を案じる声は多い。だがそれより前に、自分の人生はどうなるのだろうか、明日さえ見えない人はもっと多い。

 世界はどうなるのだろうか、今何をすべきなのだろうか、ということと、自分は何をすべきなのだろうか、何ができるのだろうか、ということを考えるのとでは、若干意味合いが変わってくる。
 例えば、この「エコナコト」では、記事を1つ書くごとに1円が寄付される仕組みになっている。
 じゃあ自分の人生を顧みて、世界の行く末を案じて、自分が本当にしたかったことが「寄付をすること」だったのか、と問われると、そうだ、と断言するのは難しい。

 世界の行く末と、自分の人生を考えることは、ある部分で重なっていて、ある部分に差異がある。そこで、「自分と世界」の距離感を掴めないと、どこかで失敗する。
 例えば森林が減っていて、植林活動に貢献したい、と思ったとする。だが今から林業に転職するのは難しいとなった場合、植林活動に貢献する方法があるとすれば、植林事業に投資することで、結果森を救うために必要なことは「投資をするための資金を稼ぐ」こととなり、要するに「地球を救うためには課長から部長に昇進するのが一番早い」という結論に落ち着いたりすることもある。
 だがそこで、「自分と世界」の距離感が掴めないと、庭に花を植えて、自分の家の庭が緑に溢れたからこれで地球環境に貢献したのだ、などという倒錯が生まれたりする。


 世界は今不安要素で満ち溢れている。だがその中で自分が本当にしたいこと、できることとは何なのか、それを考えるのは、本当に難しい。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL

http://www.econakoto.net/life-of-eco/tb_ping/326

この記事に対するトラックバック一覧

コメント

この記事に対するコメント一覧
Re:世界の行く末、自分の人生
自分のしたい事、出来る事を考えた時にしたい事はあるけれども、結局は何も出来ないのでは無いかと思います。結局は優先順位の1位がエコ出はなく自分が生きて行く事になってしまうんですよね。投資をするにしても、まずは自分の楽しみと老後の保証分はとっておき、そこから微々たる額(この前富良野で三本ほど植林しました。3000円です。)を捻出するくらいです。不安がある限り人は保身に走るので、エコ推進するなら罰則作って進めるしかないのではとマイナス方向に考えてしまいます。
Re:世界の行く末、自分の人生
>>ゆたかさん

生きていくことの最優先がエコである必要は、必ずしもないと思うんです。

今日の記事で、このようなことを書きました。

「お前は何者だ、何のために生まれてきた、お前の価値は何だ、ここで何をしようとしているのだ、お前は世界にとっての何なのだ。」

 世界にとって、自分はどういう存在であり、何の価値があるのか、そのことを常に考え続けることで、人間の生き方は変わっていくと思うんです。
 結局は「世界にとって、自分はどういう存在なのか」それを突き詰めていくことが、結果としてエコになっていくのではないか。そう思います。
コメントフォーム
名前:
URL:
コメントタイトル:
コメント: