2008年08月03日
困窮と「低位性満足」
「低位性満足」という言葉が存在するらしい。 今までこのブログに記事では(一般論とそう相違ないと思う)、エコロジーに対する反発として「エコロジーどころでない」ほどに困窮した状態にある人々が存在する、と指摘してきた。 だが、もう一つ観点があって、世界には「程度の低い喜びで満足している人たち」が存在する。 ささやかな幸せで満足している、と言えば聞こえはいいかもしれないが、要するに一日中ネットゲームをしていたり、仕事後のキャバクラ通いが人生唯一の癒しであったり、ユニクロで3足5000円のジーパンをまとめ買いすることに快楽を感じたり、「高尚か低俗か」という意味合いにおいての「低俗」な幸せで十分充足している状態を、「低位性満足」と言うのだそうだ。 現在社会問題化されているニートの問題も、家族の問題や格差の問題と共に、「低位性満足」の積み重ねで人生を終えることをポジティブに選択する若者が増えたのが原因なのではないか、という分析もある。 そういう人たちにとっては、地球温暖化や地球の破滅など、ポジティブな意味で「取るに足らないもの」として解釈される。地球温暖化OK、世界が破滅してもOK、だって「東京が海に沈んで動物や世界の人々が破滅しても、キャバクラに行ければ自分は幸せだもの」というのである。 そういう人たちは、世界の現状に不満を感じているわけではないから、そもそもエコロジーに心が向かう“きっかけ”そのものが存在しない。 例えば、エコロジーに反発するほどに困窮している人々に対しては、彼らのための社会的なセーフティネットを用意すればよい、と、その実現性は抜きにして解決策はなんとなくイメージできる。 だが、現状に満足してしまっている人たちに、「不満を持て!」を煽りかける形で、エコロジーに目を向けさせるのは簡単ではないだろう。 「低位性満足」に安住する人たちに、世界の現状をどう伝えればいいのか。非常に大切な目線だと思うが、これまでそのようなことが語られることは、ほとんどなかったような気がする。
- posted by よっひ~ |
- 01:55 |
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- Re:困窮と「低位性満足」
- キャバクラにお金をつぎ込んだり、ユニクロでの買い物に生き甲斐を感じている人が低俗かどうかは、価値観にもよりますが低俗だと思います。こういう人たちをエコに関して目を向けさせるには、何時も彼らが目にしている物に対して、サブリミナル効果を利用して環境に関する知識や危機感を植え付けるしか無いのではと思ったりもします。彼らが気付くまで地球環境はもう待ってくれないと思います。
- posted by ゆたか |
- 2008-08-03 14:03
- Re:困窮と「低位性満足」
- >>ゆたかさん
「低俗」という表現は「下世話」と言い換えると分かりやすいかもしれません。
でもよくよく考えると、どっちもどっちかな、という気がしています。
最近やっぱりエコに関して過激な思想を持った人たちが増えているんですけど(原発を全部破壊しろとか、全国民電気ガス全部止めて生活しろとか)、そういう人たちに「ちょっと過激に過ぎませんか?」って反論すると、必ず決まったように「地球規模の破壊が現実になっていて、一秒一刻を争う事態に、甘っちょろいことなんて言ってられるのか!?」という返事が返ってくるんです。
そこまで危機感募らせてるなら、1件1件軒を回って、土下座して「お願いですからクーラー切ってください!!」ってお願いして回ればいいのに、って思うんですよ。
けどそういうことをしないのは、地球環境が云々というより、「自説を認めてもらいたい」という欲望が先に立っているからで、そういうのも「低位性満足」の1種なのかな、と思ったりもするんです。 - posted by よっひ~ |
- 2008-08-03 23:14


