間に合う、間に合わない

 手元に「豪快な号外」があるので、それを読んでいる。「笑い楽しみながら」という割には内容が全然笑えないが(中身が深刻なので)、まあそれはそれとして。

 環境問題を考える際の一つの共通理解として、「このままでは間に合わない、でも今からならまだ間に合う」というものがある。
 ふと、「間に合う」という状況はどういうもので、「間に合わない」とはどういうことなのだろう、と考えた。
 有名なアル・ゴア氏の「不都合な真実」を見ると、既に海面の上昇により避難を余儀なくされている地域や、地表を覆っていた氷が解けて家が倒壊している地域、砂漠化により消滅したオアシスなどが現実に存在しているようだ。
 つまり、既に「間に合っていない」場所もある、ということだ。

 もう間に合っていないところもあるのに、「今からならまだ間に合う」というコピーが通用する。これをどう捉えればいいのだろう。
 私たちが普段使っている「まだ間に合う」というのは、じつは無意識に、「先進国が環境破壊の被害を被らない状況」を指してはいないだろうか。身もふたもない言い方をすれば、「アフリカやアイスランドやバングラデシュが壊滅しても、アメリカや日本が無事であれば間に合った、と言える」というような意識が、無意識ではあれど働いているような気がする。
 豪快な号外でも、「10年後このままでは日本はこうなる」という事例を挙げていて、アフリカはもう既にこういう状態だからもう間に合っていないんだ、ということは書かれていない。
 間に合う、間に合わないとはどういうことなのか。その定義を捉えなおすことで、環境問題に対する深刻度は、少し変わってくるような気がする。

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