2007年07月05日
星を救って人を救わず
現在の利益追求社会(大量生産大量消費大量廃棄社会)の対となる概念として、このブログでは便宜上「現状維持社会」や「対抗発展」という言葉を使っている。 現状維持社会とは、世に言う「持続可能な社会」という言葉を私なりの解釈で言い直した言葉で、対抗発展とはダグラス・ラミス氏の著書の言葉を拝借している。どちらも現在の経済社会に対抗して、地球の資源を食いつぶす生産をストップさせ、経済的発展からの脱却、意識の転換を目指そうという部分で共通している。 現状維持社会や対抗発展を目指している人たちは各地にいて、現在そういった人たちの拠点となっているのが、NPOやNGOなどだ。 NPOやNGOは「非営利組織」という名が示すとおり、経済的発展を目指す利益追求型企業とは対の存在となっている。だから、従来の利益追求型企業が「競争、営利、拡大」を追求しているのに対して、「協調、非営利、縮小」を目指すのがNPOやNGOの役割、のはずなのである。 だが、最近気づいたことがある。 NPOやNGOにもその中核を担う人材が必要で、よくNGOのHPなどには、人材募集のページがあったりするが、大体の場合そこに書いてある条件が、「地球を愛する方、元気で明るい方、積極性が合って情熱的な方」というようなものなのである。 よく新聞などに入っている企業の人材募集を見ると、やはり「元気で明るい方」や「積極性があって情熱的な方」という条件が含まれていることが多い。 気づいたこと、というのは「地球を愛する方」という限定された条件は別として、「利益追求型企業と、その対になるはずのNPOやNGOで、求められる人材の姿がほとんど変わらない」ということなのだ。 もちろん根暗な人間や消極的な人間よりは、明るくて積極的な人間のほうが接しやすい。だが、でも根暗な人間や消極的な人間はどうすればいいのだろう。利益追求型社会でも、環境配慮型社会でも、根暗な人間に行き場はないのだろうか。 例えば、現代社会で根暗の人間のステロタイプというと、引きこもりやニートのような人種が思い浮かぶが、彼らは利益追求社会でも、環境配慮社会でも、「求められる人材ではない」という理由で迫害され続けられなければならないのだろうか。 べつに企業やNPOに根暗な人間を採用しろ、というわけではないが、「地球が滅んでも、地球が復興しても、結局救われない人間というのが世界には存在するのではないか」という問いが私にはある。 それは、最終的に見殺しにしなければならない人種がいる中での対抗発展礼賛が本当に正しいものなのか、という問いでもあるし、もし環境保護が実を結び、地球が息を吹き返したその後の世界を、私たちはどう生きるのか、という問いでもある。 環境保護は、地球そのものを救う活動であると同時に、これまでの発展によって置き去りにされてきた「救われない人々」を救う活動、であるはずなのだ。 すべてを救うことはできないのだろうか。その問いは、むしろ環境保護や対抗発展を推進する人にこそ、持ち合わせてほしい疑問である。
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2007年07月05日
対抗発展人のための同棲のススメ
「カウンターデベロッパーのためのルームシェアリングのススメ」と読む(えー)。 現在の経済や社会に限界を感じている人は多い。このまま右肩上がりで利益ばかり追い求める世界を続けていたら、いずれこの世界の資源は枯渇する。 本当はこんな大量生産大量放棄による利益追求型の仕事の在り方なんて捨ててしまいたい、本当に地球のために、みんなの笑顔・喜びのために仕事がしたい、こんな憂鬱な競争社会に身を置くくらいなら、むしろ本当にやりたいことができているフリーターのほうがよっぽど偉いんじゃないか、そう思っている人は確実に増えていると思う。 だがそれでもこの利益追求型の社会から脱することができない。それは、「とはいっても仕事をしなければお金がもらえないし、お金がなければ生きていけないから」。それはある1辺から見ればまぎれもない真実だと思う。 だがどうだろうか。「お金がなければ生きていけない」と思う。だが、本当に「衣食住」だけを考えて生きていくならば、そこまでお金が必要だろうか。 もうちょっと簡単に言う。お金がなければ生きていけないというのは正しい。だが単純に生きていくだけならば、おそらくフリーターの給料だけでも平気なはずで、要するに、「私たちは国から利益追求型社会に縛られるために、単純に生きていく以上の余計な金を支払っているのではないだろうか」と思うのだ。 つまり、生きていく、ということだけを考えるならフリーターでも十分で、フリーターでも十分だ、というコンセンサスが生まれれば、わざわざフルタイムで過酷な労働を強いられたりすることもなく、利益追求型の会社なんてさっさと辞めて本当に環境に優しい会社に入りなおしたりする自由も生まれ、それはひいては大量生産大量消費を推進する企業の根絶にも繋がり、「現状維持社会」の実現にも繋がる。 だが、それができないのは、生きていく「以外」の金が日常的に要求されるからで、その「以外」の金によって生きていくために資金が食いつぶされる可能性もあるから、人はいつまでも利益追求型社会から脱することができないのだ。 では、逆に言えば、その「以外」の金をペイする仕組みを作れば、「現状維持社会」、ダグラス・ラミス氏の言う「対抗発展」が実現できるのではないか、と考えたのだ。 さて、では肝心の、その「以外」の金とは何なのか、という話になるが、無職時代を経験したことのある私の体験から言わせてもらえば、それはずばり、 「家賃・税金・借金」 この3つである。家賃もマイホームのローンなどは借金に含む。クレジットカードを利用しての買い物も借金に含む。 この3つの金の問題さえクリアすれば、正直月給など15万程度で十分なはずなのだ。もっと少なくてもいいくらいかもしれない。 では、具体的にどうやってこの3種を金をクリアするのか、ということで、そこでまず手始めとして私が推奨したいのが「ルームシェアリング」つまり同棲である。 なぜあえて同棲という言葉をことさらに強調するのかというと、友人同士のルームシェアリングは、信頼関係やプライバシーの問題を考えてもリスクが大きく、それなら愛し合うもの同士がひとつ屋根の下に暮らすほうがリスクが少ない(0、というわけではない)のではないか、と考えるからだ。 要するに、「好きになったならどんどん同棲しちゃおう」ということを勧めたいのである。そうすることで、一人あたりが払う家賃の量は半分になる。 どうだろうか、今の生活を思い浮かべて、家賃が半分になれば、これくらいの給料で生きていけるな、というハードルは相当低くなるのではないだろうか。 利益追求型社会を根絶させなければ、地球環境を守ることは難しく、そのためには、私たちを利益追求社会に縛り付ける「鎖」を外さなければならない。 機会があれば、もっと「対抗発展人(カウンターデベロッパー)」のサバイバルを考えていきたいところだ。
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