2007年07月08日
対抗発展人による労働論①
なぜ現在はこんなにセカセカと働かなければならないのか。それは、「結果と展望」の順序が、いつからか逆転してしまったからだ、と考える。 本来労働とは、「今日はこれだけ稼いだから、これだけのものを食べよう・これだけのことをしよう」というように、結果に対して展望を考えるのが普通だった。それがいつの間にか、目標が先にあって、それに向かって稼がなければいけない、という姿勢に変わってしまった。いわゆる「ノルマ・締め切り」の発生である。 この国に関して言えば、戦後間もないころは「結果→展望」という考え方が一般的だった。戦後直後は個人で会社や店舗を設けているのが普通で、個人が個人にノルマを設定する必然性がなかったのだ。 では労働の順序が入れ替わった時期の一つの仮定として、いわゆる「企業」が興隆した「モーレツ社員」の時代が挙げられるが、だがこの「モーレツ社員」という考え方は、植木等に代表される「日本無責任時代」という風刺もあったように、後にそれこそ猛烈な批判に晒されることになる。 これはこの時期にはまだ、労働の在り方として「結果→展望」という考え方が根強く浸透していた、という証明であると同時に、過去に日本は、セカセカ働くことに対して異議を唱え、実際に自らの望む労働環境を勝ち取った実績があったのだ、という事実を示すものとして興味深い。 ところで、歴史を紐解くと、労働以外の場面で、ある時期からこの国は「目標→結果」という思考順序を、全国民に浸透させようとし始めたことが分かる。 「偏差値」が導入されたのである。それまで自らの学力を考慮して、分相応の進学先を選ぶのが普通だった学校の世界にも、偏差値が登場したことによって、まず目標が設定され、それに向けて勉強することが要求されるようになり、それが現在の受験戦争や塾の興隆、ひいてはドロップアウトによる登校拒否や引きこもりという悲劇を生んでいる。 つまり逆に言えば、この偏差値導入の時期が、経済界においても「目標→結果」という思考順序が導入された時期、と考えられるのではないか。 偏差値導入の時期、経済界では何があったか。 「高度経済成長」があったのである。 つまり、高度経済成長による好景気により、すべての企業が右肩上がりに業績を伸ばし、その興奮が「目標→結果」という思考順序の逆転を生み出したのではないだろうか。もっと上へ、もっと先へ行けるはずだ。もっと高いところへ行け、もっと遠いところへ行け!その時代風土が、高度なノルマを生み出した、としても不思議ではない。多少無理な目標でも達成できる自信が、この時期の日本の企業にはあったからだ。 ではこの時期からセカセカ働く風潮が生まれたのか、と言われれば、おそらくそうではないと思う。セカセカ働かなくとも、ノルマは達成できたのだ。 だが、高度経済成長も永遠には続かない。次第に成長は上げ止まっていく。しかし右肩上がりの成長を止めるわけにはいかない。もっと早く動かなければ、もっと長時間働かなければ。 おそらく、「湯に入れられたカエル」よろしく、誰も気づかないうちに、“右肩上がり”の幻想と現実は乖離していき、そして誰も疑問に思わぬまま、人の動きは次第に早くなり、労働時間は長くなり、ノルマは雲の上のもののように高くなっていってしまったのだ。 そして幻想と現実は、決定的な断絶を起こす。 「バブルの崩壊」だ。 本当は、バブルが崩壊した時点で、今までの働き方に無理があったのだ、と気づけばよかったのだ。 だが人は夢を捨てることができなかった。 本当は、企業の思考を「結果→展望」という順序に戻すことが理想的で、だがそれが叶わぬなら、せめて高度経済成長期の時点にまで、ノルマを設定し戻すことが必要だったのだ。
- posted by よっひ~ |
- 22:16 |
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