すべての人がメディスンマンに

 ネイティブアメリカンの一族の中には、「メディスンマン(メディスンウーマン)」と呼ばれる、特殊な能力を持った人がいる。
 彼らは、いわゆる「シャーマン」と呼ばれる人たちのように、霊魂や自然と交信することができ、自然現象を操ったり、予言を行ったりしていたようだが、シャーマンと決定的に異なるのは、「メディスン」という言葉が示すとおり、彼らはその力を用いて、人の病気や怪我を治癒することを生業とした、という点だ。ネイティブアメリカンの中では、メディスンマンは祈祷師であり、予言者であり、そして医者でもあったのだ。
 だが何せ、メディスンマンの秘術が現在に伝承されていない。彼らは呪術と薬草を共に駆使したようだが、彼らに本当に人の病を治すような魔力があったのか、そもそも太古の昔に魔法や呪術のようなものが実在したのか、今となっては知る由もない。

 今の科学の時代において、メディスンマンの技法を推察できるとすれば、それは「プラシーボ効果」のような、人の自然治癒力を引き出すためのカウンセリングの技法だったのではないだろうか、と思う。
 声や、表情を駆使し、手を握ってあげたり、抱きしめてあげたり、そういった“包容力”を用い、痛みや不安を和らげる。
 そういった技法が、ネイティブアメリカンの時代における「メディスン」であり、そのような能力、技術に長けた人のことを、人は「メディスンマン」と呼んでいたのではないだろうか。


  いまや病気は薬で治すもの、ということが常識となっている。だが、風邪や熱などといった表面的な病気が薬によって治せるようになった反面、現在は、鬱や引きこもりといった、内面的な病が噴出し、社会問題となっている。
 もし、人間の内部に本来、どんな病にも打ち克てる自然治癒力が内在していたのだとすれば、今必要とされているのは、そんな自然治癒力を引き出す“包容力”を持った存在、なのだと思う。

 現在の職業に照らし合わせて考えると、今メディスンマンに最も近いのは「カウンセラー」ということになるだろう。
 だが、外面的な病がウィルスなどの病原体を持つように、心に病が巣食っているのだとすれば、その病原体は間違いなく、私たち人間、ということになる。周りの環境のすべてが病原体で溢れかえる世界では、たとえ専門家の力を持ってしても、病の元を絶つことは難しいだろう。
 私たち一人ひとりがメディスンマンとなり、包容力を持って人と人の繋がりを受け入れること。それが、内面的な病を根絶する最も効果的な手段であり、人が人をその包容力で癒すこと、これが個人レベルで常識化すれば、もっともっと、世界は平和になるはずだ。