原爆忌に寄せて

 今日は広島の原爆記念日でした。
 記念日、というと、何やらおめでたい感じがしてしまいますが、本来「記念」とは「祈念」という別称が示すとおり、祈り、念じることを指しました。
 記念日、と名が付く以上、そこには“祈られるべき何か”がある、ということです。

 祈る、という行為が今日ほど軽視されている時代はないと思います。祈る、というとは、今では宗教的な行為というイメージがついて回りますが、ネイティブアメリカンが、大地や自然そのものを「ワカン・タンカ(大いなるもの)」と呼び、祈りの対象としたように、本来この星の存在するすべてのものは、大いなるものが授けてくださった贈り物である、という考え方から、人々の祈りの対象になっていました。
 この国にも、「八百万の神」という概念が存在するように、この世界に存在するすべてのものに神は宿るという考え方がごくごく最近まで当然のものとして捉えられており、祈りは日常の習慣として根付いていました。

 なぜ人々は祈るのでしょう。それは、「忘れない」ためです。感謝を、敬意を、罪を、そして、失ったものを。
 祈りが忘れられる、ということは、感謝の気持ちや、あるいは失ったものが忘れ去られていく、ということで、そういった意味では、戦争も既に忘れ去られる対象となりつつあるのかもしれません。
 だが、大切なのは、戦争を体験し、原爆の被害を被ったり、終戦における天皇陛下の御言葉を聞いた人たちは、いまだに生きている、ということです。1945年は、昭和に直すと20年、現在60歳です。つまり60歳以上のご年配の方々は、すべからく戦争を体験した語り部である、ということです。
 私は仕事柄60歳以上のご年配の方と接する機会も多いのですが、現在の60歳なんてまだまだ現役、お元気な方ばかりです。
 そういった、60歳以上の方がたは、終戦から今日に至る時代の移り変わりを、どのような思いで見つめてこられたのでしょう。

 8月は夏の盛りでもあり、戦争が終結した月でもあります。もし近くに60歳以上のご年配の方がいらっしゃるのでであれば、戦争体験とは言わずとも、これまでの時代の移り変わりについて、少しお話を聞いてみてもいいのかもしれません。
 それが、“祈念する”ということでも、あるのでしょうから。

 
 
 しかし、だんだん8月6日、9日の記事が小さくなっているのが、残念です。