2007年08月17日
地球温暖化:総括
暑い。昨日は国内の最高気温が74年ぶりに更新されたらしい。ニュースによると、3日連続40度を超えた地域もあったと聞く。 地球温暖化による地球滅亡の最悪のシナリオ、つまり数ある予測の中で最も早い滅亡を見積もった予測では、あと10年で地球は滅亡する、とされていたが、“あと10年”というのは意外と現実になるかもしれない。これから1年ごとに0.5度ずつ気温が上がったとして、10年後には45度。もうそのころには、地球は人間が住める星ではなくなっている。 地球温暖化の根本的な解決策は、ブログでも書いていた通り、経済を減退させ、この星の「生産と消費」を縮小させることで、要するに年商1億の企業を年商1000万まで減らし、百貨店、映画館、遊園地、ギャンブル施設、コンビニ、ファーストフードショップなどをすべて潰し、自動車、DVD、パソコン、携帯電話、ゲーム機器、ブランド品などを今度一切生産しないようにすることだが、現実的には反発も厳しく、実現は難しいだろう。 つまりもう人類は滅亡を待つしかない、ということだが、一つ気にかかるのは、どこかで誰かが言っていた、「みんな一斉に死ぬんだからいいじゃない」という言葉だ。 そこには「死」に対する根本的な想像力が欠けている。 よくドラマで、病気で誰かが死ぬシーンがあって、そこでは、病院のベッドの中で、遺された人へのお礼を言って静かに死んでいくことが多いが、現実には老衰でもない限り、あんな安らかな最期があるはずがなく、実際には体に何本もの管を通され、髪はずっぽりと抜け落ち、血反吐をげえげえ吐きながら、ベッドをこぶしで握り締め、痛い痛いと呻きながら死んでいくのだ。 戦場で死ぬのも同じで、凶弾に倒れた人が、かすれた声で「あとは頼む」などと言いながらゆっくり死んでいくものがあるが、あれも実際には、腹を血でどろどろにしながら、鼻水とよだれと涙を垂れ流して、地面をこぶしで叩きつけながら、痛い痛い死にたくない死にたくない、と叫びながら死んでいくのだ。 「死の間際の苦しみ」の表現として一番正確だ、と思うのは、アニメ「あしたのジョー」における力石徹の減量シーンだ。 飲食を絶たれた力石は、その過度な減量により、気力体力ともに限界を超える。目を大きく見開きつつも、その視線は定まらず、はあはあと呼吸ともうめき声ともつかない声を上げながら、よろよろとした足取りで、意識を朦朧とさせながら最後の力をふりしぼって蛇口をひねる。 しかしコーチの指図によって、蛇口から1滴の水も出ることはない。力石は、地面にひれ伏せ、「あああああああああああ」という断末魔の叫びを上げる。本当の苦しみというのは、ああいう状況のことを言うのだろう。 10年後か50年後かは分からないが、皮膚は熱気により焼けただれ、蛇口をひねっても水は1滴も出ず、作物は実らなくなり、飢えと暑さで「ああああああ」と呻きながら、何十日と地獄の責め苦を受け続ける。 地球温暖化による滅亡の間際には、そんな苦しみを“私たちは”味わうことになるだろうが、「みんな条件は一緒なのだから、何十日と地獄のような苦しみを受けてもかまわない」という思うのであれば、これからも環境破壊を続ければいいのだろうし、そうでなければ少しでも環境保護に目を向ければいいのだと思う。 10年後という予測もあれば、50年後という予測もあるが、おそらく100年は持たないであろう、という見解は識者の中で一致していて、そうである以上、滅亡の苦しみを味わうのは「私たち」であるのは確実だ。 これから世界は、人々はどう動くのか。これからの推移を、見守り続けたいと思う。
- posted by よっひ~ |
- 23:10 |
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