2007年08月26日
動物実験に見るこの国の排他性
とあるブログで聞いた話で、「国際代替法会議」という国際会議が日本で開かれ、そこでEUヨーロッパ連合では、2009年から化粧品の動物実験が禁止する、と表明したらしい。 世界各国で動物実験に関しては非難が高まっており、京都議定書には批准していないアメリカでさえ、動物実験は規制する動きを見せている。 そんな中、先進国で唯一、動物実験をまったく規制していない国がある。 何を隠そう、この日本なのだ。 EUは遺伝子組み換え食品に表示義務も厳密化しており、こういった環境問題に関する決議が非常に早い。 そのことについて私も思うところがあって、そのブログに「EUではそういう議論が活発なのに対して、日本が常に立ち遅れるのは、人種や立場や利害の衝突が日本にはなく、様々な意見が交わされる環境が日本にはないからだ」というようなコメントを載せた。 そしてそのコメントの最後に、「一番の理想は、日本の政治の場に日本人がいて白人がいて黒人がいて、というような多様性を持たせることだ」と書いて締めとした。 そのコメントを書いた後で思ったのだが、例えばアメリカの議会では、アメリカの国籍さえ持っていれば、白人でも黒人でも人種を問わず政治の場に就くことができる。EUも然りだ。 なぜアジアにはそういう風習が生まれなかったのだろう。日本は他国から一度も侵略を受けたことがないから、ということで説明はつくが、そういえば中国や韓国でも白人や黒人の議員を見かけない。 おそらくアジアでは異人種の国籍取得を認めなかったからなのだろうが、ではなぜ認めなかったのか、ということには興味がある。 思い出したのは日本の相撲のことで、現在朝青龍の病状がどうとかいろいろ騒いでいるが、そういえば日本の国技に外国人を参加させるのはどうか、という議論はずっと前からされていて、いまだ解決には至っていないはずだ。なんとなくアジアの国々は、「自国の問題に他国は口を出すな」という主張があるようで、相撲における排他性と、政治における排他性がだぶって見えてしまう。 一番の疑問は、政治においてそのような排他性をもった上で、経済面だけ国際化しよう、というのには無理があるのではないか、ということだ。 環境問題でも同じようなことが言えて、政治の場が国際化されないで、環境保護の面で世界を引導するのには無理があるような気がするし、そういった矛盾を放置したままでは、環境問題の解決は難しいような気がする。 はやく日本も真の意味での国際化を成し遂げ、できることなら、動物実験などやめてもらいたいところなのだが。
- posted by よっひ~ |
- 23:22 |
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