2007年10月10日
ap bank work shop 第1回
はてさて、行ってまいりました「ap bank work shop」。忘れてしまわないうちに、本日のまとめを。 ワークショップは、まず講師による基調講演、というかお話を聞き、その話の中から、疑問に思ったことや議題を参加者の中で挙げていき、そのことについてグループで話し合う、というディスカッション方式を取ることになりました。この方式で、とりあえず11月いっぱいまで進めるようです。 本日の講師は「greenz.jp」の編集長である鈴木菜央氏。greenz.jpの記事の中から、エコなアイデアをいろいろ紹介してくれました。 そしてメインイベントであるディスカッション。私は「企業広告、ってどうなの!?」という議題グループに参加しました。 大きく、議論は2つの軸に分かれました。 ①エコに協賛する、と宣言しておきながら、巨大な広告やきらびやかなネオンサインに巨額を投じる、というその「行為」に対する疑問。 ②そういった広告や、エコに協賛するとしていながら利益追求型の経営に疑問を持たない、その「企業体質」に対する疑問。 2つの論点は、時に絡みあいながら平行して議論されたわけですが、まず①に関しては、カルチャージャマーよろしくyoutubeに告発映像をupしようとか、原宿の「道路広告」のように、小さくともインパクトのある広告にすればいいのではないか、など意見が出た中で、私は 「まずアースデイのような、エコに関心のある人の小さな集まりなどで、環境に配慮した広告の実例を提示し、そこで得た評価や実績を一般企業に持ち込めば、エコ広告が一般企業にも認知されるのではないか」 「これまでは『大きい』『きらびやか』であることが広告の勝負の基準だったが、エコに配慮するならば、これからはどれだけ『コンパクトでインパクトのある広告を打てるか』を勝負基準にするべきなのではないか」 などの意見を発表しました。 ②に関しては、企業の社会的責任=CSRの重要性がこれからさらに高まっていくであろう、という意見を基調にし、「これまでCSRとは、どれだけ外部にエコ活動を排出するか、ということにしか目を向けていなかったのに対し、これからは、企業の内部の監査役としてCSRは務めを果たすべきなのではないか」という話を元に、「じゃあ各企業のCSR同士のネットワークを構築できればいいね」という話になりました。 さすがにap bankの名を冠するワークショップだけあって意識が高い人ばかりで、なかなか面白いディスカッションになりました。 今後各回ごとに違うグループを組み、ディスカッションと交流の場を広げていくのが当面の課題になりそうです。 最終的には、このワークショップの中からプロジェクトを発足し、実際に世を動かすところまで行くのが目標らしいので、もしそういったプロジェクトが発足し、私がその一員になった暁には、私も晴れて「エコマスター」の仲間入りですな( ̄ー ̄)。 ちなみに、ちゃんと「エコナコト」の宣伝もしてまいりました(いや実際にはこのブログの宣伝w)。これから「エコナコト」もじゃんじゃんアクセスが伸びる・・・予定ですww。
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2007年10月10日
既得権益を自ら進んで手放せる国
結局は「既得権益」を守りたい、ということなのだろう。 今は沈静化したようだが、終身雇用や年功序列などの、従来の日本型企業のシステムを実力主義に転換すべきだ、という議論が活発だった頃、そういった流れに反発し、従来の利権を守ろうとする企業の重役や政治家や官僚が「日本沈没の元凶である」と非難されていたことがあった。 従来の日本型システムが疲弊し、このままではやっていけない、という事態に、なぜ彼らは従来型のシステムに固執したのか、という理由として説明されたのが、「既得権益の死守」だった。要するに、今まで日本型のシステムでおいしい思いをしてきたのになぜ今になってそれを手放さなければいけないのか、という思いから、「とりあえず自分が社会にいるまでの間はおいしい思いをしていたい」という理由で、システム転換を阻んでいる、ということだった。 その当時非難の的となっていたのは、企業の重役や政治家や官僚だったが、世界レベルで見た場合、日本は「近代化の成功」「高度経済成長の成功」という既得権益を持っていて、今や日本国民全体が、その既得権益を守ろうと必死になっているように見える。 今日も新聞にマイバッグの記事が載っていた。今では連日エコロジーの記事を新聞で見かけるようになったが、それでもマイバッグの認知度が低い、ということは、面倒だ、とか、恥ずかしい、ということ以上に、「なぜ今までただでくれたものをわざわざ拒否しなければいけないのか」という心理があるのではないか、と思う。今までもらえていたものをもらわない、という姿勢を拒否する、ということは、要するに既得権益を手放すことの拒否反応、ということなのだろう。 日本全体で見ても、本当に環境に配慮した持続可能な社会を築くためには、例えば車社会を拒否したり、非電化を推奨したり、今まで得ていたものを手放さなければいけないのだが、それができない、というものやはり既得権益の死守の1種だ。 日本は京都議定書の批准国である。そして日本には「憲法9条」もある。日本はエコロジー立国、非武装立国の先駆けとして、世界に先例を見せられる可能性を十分にもっていて、だからこそ、世界に先駆けて「先進国という既得権益を進んで手放す国」として、新しい世界の在り方を世に示すべきなのだと思う。 そういう意味では、エコロジストは、「自ら既得権益を進んで手放せる国の国民」として、既得権益、つまり車や家電やテレビやゲームや娯楽施設がなくたって良い人生は送れるんだ、という先例を示すべきで、そういう先例を築く具体的な方策を、考えなければいけないのだ、と思う。
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