黒の章

 その昔「幽遊白書」という漫画があって、その中に「仙水忍」というキャラクターがいた。
 彼は「霊界探偵」として、妖怪の魔の手から人間を守る任務についていた。しかし、その人間たちが、妖怪を蹂躙している事実を知り、人類に反旗を翻し、人類抹殺を計画する。
 その時、彼の精神の拠り所をなっていたのが、「黒の章」と呼ばれるビデオだった。正確な時間は忘れてしまったが、確か10万時間という長い時間、人間の醜さ、愚かさ、残虐さを延々と流し続ける、というビデオだった。

 なぜ今そんなことを思い出したのかと言うと、最近、子供が信号での一時停止を促しているにも関わらず、信号無視を断行する親や、子供に注意されているにも関わらず、歩道の真ん中で堂々と世間話をしている大人の姿をよく見かけるようになったからだ。

 日本人のモラルが低下している、とよく言われる。だが、子供の頃は、もちろん何が良くて何が悪いのかをまったく知らないわけで、順当に成長すれば、幼児期に読む本や、幼稚園での教育から、まっとうな道徳を最初に学んでいくはずなのだ。
 だがそうした「まっとうな道徳」を、両親や、周りの大人たちや、社会全般が蹂躙していく。

 現在の日本の子供たちにとって、この社会、そしてすべての大人たち自体が「黒の章」なのではないか、と考えたのだ。
 24時間、365日、延々と大人の醜さ、愚かさ、残虐さを見せ続けられる子供たち。そんな子供が成長すれば、仙水忍のように、人類そのものを憎悪し、人類すべてに反旗を翻すか、あるいは、自らが「悪」に染まるか、それ以外に生きる術を見出せなくなってしまったとしても、しょうがないような気がする。

 「仙水忍」をネットで検索すると、仙水忍の名言として最初に挙げられている台詞がある。
 「世の中に善と悪があると信じていたんだ。戦争も良い国と悪い国が戦っていると思ってた。可愛いだろ?だが、違ってた。オレが護ろうとしたものさえクズだった―」

 醜さや、愚かさや、残虐さしか見えない世界で、どうすれば平和を願えるようになるのか。「護ろうとしたものさえクズだった」そうとしか思えない世界で環境を護ろうと思えるのか。
 そこには深い闇がある。