2007年10月18日
「足枷」の整理
とりあえず、環境を守る為には競争型社会(資本主義そのもの、と言ってもいいのかもしれない)からの転換を図らなければならない。搾取と競争がなくなれば、だれもが資源を大切にし、自然との共生もできるはずで、ひいてはそれが世界の平和や心の平穏にも繋がっていくはずなのだ。 で、そこまではいいとして、現状としてそうならない、ということは「足枷」となっている何かがあるはずで、現段階で考えられる「足枷」を列挙してみる。 ① 家庭から社会から北朝鮮や中国に至るまで、周りのあらゆる人間や環境が信じられず、いわば「周りのすべてにナイフを突きつけられた」ような状況で、武器を持ち、競争に勝たなければ、自分が殺されてしまうのではないか、という恐怖を持っている。 ② 地産地消や、自給自足の暮らしがエコロジーだと言われても、大工作業はおろか料理や裁縫もやり方が分からない。 ③ 持っている者が勝ち、持たざる者が負け、という風潮の中で、みんなが持っている物を持たなければ、嘲笑やいじめの対象となり、最悪の場合殺される場合もある。 ④ 自分が生きるだけならまだしも、自給自足の暮らしで金を持たなければ、子供の養育費を払えなかったり、親の介護ができなかったりする。 いくつか挙げてみた。細分化すればもっともっとあるのだろう。 さて、こうして見てみると、「足枷」は大きく2つのものに分かれるのではないか、という仮説が立つ。 〔1〕 「武器を持たなければ北朝鮮に殺される、PSPを持ってないといじめを受けて殺される、正社員にならないと生涯年収150万で社会的に殺される、働かないと両親に殺される」 など、抽象的な恐怖ではなく、現実に「あらゆるものに殺されるかもしれない」という恐怖が、競争や破壊や利己心を煽っているという現状 〔2〕 実際にエコロジカルな生活が実現された場合、自分はどうなっていて、どうやって生きていけばいいのか分からない、という未知への不安 たぶんこの2つの「足枷」がすべての人から外されれば、持続可能な社会の実現度は爆発的に伸びるはずだ。 じゃあどうしよう。この考察はまた次回。
- posted by life-of-eco |
- 22:17 |
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