個人的な愛が世界を貫く可能性

 さて、本論に戻って、「人生においてどれだけ自然と個人的な接点を持てたか」ということについて。

 11月7日付読売新聞に、「ナショナリズムの本質突く」と言う記事が掲載されていた。京都大学の大澤真幸教授が『ナショナリズムの由来』という本を出版してのインタビューに答えたもので、現代的ナショナリズムがどのような過程を経て発生し、そして増長してきたのかを語っている。

 大澤教授は、現代的ナショナリズムとは、資本主義や普遍主義から取り残された「外部」の人たちが、空白となった自らを語るギリギリの手段として、ナショナリズムに傾倒したものだ、と説明する。
 つまり、社会や、家族や、環境や、友人や、企業や、コミュニティや、集団から疎外された人たちは、自らの拠り所となるものを持たない。そこで、自分と国家を同一のものとして語ることで、例えば「日本は中国より優れている=自分は中国より優れている」という言説を振りかざすことが、現在のナショナリズムの姿なのだと言う。
 
 ではそんなナショナリズムに対抗するために、我々は何をすべきか、ということについて、大澤教授は「愛」を例に挙げて、「究極的に誰かを愛する、という個人的経験が、偶然的に世界と結びつくことを必然として受け入れるべきだ」と説いている。簡単に言うと、個人的に誰かのことを本当に愛したとして、その相手が“好きなものを好きになる”という広がり方を必然として受け入れよ、ということだ。
 逆に、事の初めから、「すべてのものを愛そう」とする多文化共生主義は、互いの摩擦を極小化することで成立するもので、その摩擦の極小化が、結果他人への無関心へと繋がり、ナショナリズムを肯定することに繋がるのではないか、と警鐘も鳴らしている。


 この記事が掲載されたのと、ワークショップがちょうど同じ日で、「個人的な愛が偶然に世界へと広がる可能性を必然として受け入れる」という姿勢が、環境問題においても重要なことなのではないか、と、佐藤さんの話を聞いて感じたのだ。

ap bank ecology or LOHAS?

 本論とは逸れてしまうが、先日のap bank work shopで気づいたことをもう一つ、忘れないうちに。

 昨日ワークショップが終わった後、参加者の人たちとちょっとした飲み会があって、そこで気づいたことがあった。
 それは「エコロジー」と「ロハス」の違いについてである。

 ご存知だと思うが、「LOHAS」とは「Life Style Of Hearth and Sustainability」の略である。持続可能性が“ライフスタイル”となって、初めてロハスは成立するのである。
 つまり、環境問題を「自らのライフスタイル」と捉えるか、「ビジネス」と捉えるか、そこがロハスとエコロジーを分ける境界線なのではないか、と思ったのだ。
 エコロジーを「ビジネス」と捉える、というのはどういうことかと言うと、要するに、エコロジーで“立身出世”をし、俗に言う「成功」を治めたい、ということだ。

 分かりやすく言えば、ロハスとは「人間一人ひとりの生活が環境へ対応することで、地球環境に変化が起こるのではないか」と期待する態度のことで、その到達点は、サティシュ・クマールであったり、ヘレナ・ノーバーグ・ホッジであったり、高木沙耶だったり大橋マキだったりする。
 それに対してエコロジーとは「社会やビジネスが環境へ対応することで、地球環境に変化を起こそう」とする態度のことで、その到達点は、アル・ゴアであったり、田中優だったり、辻信一だったりする。
 「変化が起こるのではないか」「変化を起こそう」と、文末のニュアンスを微妙に変えたのにも意味があって、ロハスはどちらかと言えば、人間の内面を見つめることに意義があるとする、カウンセラーやドクター的な側面を持つのに対して、エコロジーは人民を動かし、扇動することに意義があるとする、コーディネ-ターやアジテーター的な側面を持つ。

 なんでそんなことに気づいたのかと言うと、先日の飲み会でワークショップ参加者の皆さんの話を聞いていると、割と環境問題をビジネスライクに捉えている部分が大きいような気がして、どちらかと言えば自分はロハスに寄っていたのではないか、というギャップを感じたからだ。
 それはどちらが良くてどちらが悪い、ということではない。「環境問題」と一言に言っても、その捉え方も一枚岩ではなく、ap bank work shopはどちらかと言えば、ビジネスとしての「エコロジー」を最終的に追求していくようになるのだろう、そのことを確認しておきたかったのだ。

ap bank work shop Vol.3

 いや、第3回って書いたら(笑)?最近偶然にも横文字タイトルが並んだので、あえて横文字で合わせてみました、ap bank work shop第3回目です。

 本日の講師は『NPO birth』事務局長、佐藤留美さんと、同じくNPO birthメンバー江森裕美子さん。
 NPO birth自体は、東京での活動が中心となっているため、全国的な知名度があるわけではありませんが、2005年の愛・地球博にブースを出展したりと、精力的な活動をされています。

 講義のテーマは「地みどり」。地みどり、とは「地産地消」と同じく「地元にある緑(自然)」のことで、NPO birthは、「グローバルな視野においての森林保護も大切だけど、地元の緑を守ることも大切じゃない?」というコンセプトの元、地域に根ざした自然保護、自然育成のコーディネーターとして、活動を続けているそうです。

 佐藤さんの話の核心は、「ライフスタイルのローカル化が、環境問題では大切であるように、環境活動もローカルな所から入ることで人の心を変える原動力になり得る」ということと、「人生においてどれだけ自然と“個人的”な接点を持てたかで、エコロジーに対する態度は変わる」ということにあったと思います。
 じつは、「人生においてどれだけ自然と個人的な接点を持てたか」について、個人的に感じた部分があって(その詳細は次回の記事で書きます)、講義後のディスカッションの議題として、私は「自然に対して、“個人的な”愛着や思い入れを持たせるためにはどうすればいいか」というテーマを挙げました。
 ディスカッションも今回はかなり盛り上がって、「木に名前を付けられればいいんじゃないか」とか「植林する際に「子供が生まれた記念の植林地」「結婚記念の植林地」などがあれば面白いんじゃないか」など、具体的な方策がいろいろと飛び出して、有意義な議論になったと思います。

 
 次回は、なんと講師に歌舞伎町のホストが来るそうです。はてさて、どうなることやら。