2007年11月13日
おもいで
尊敬する人がけっこういる。それは両親だったり、実際にお世話になった恩師だったり、芸能人だったり、いろいろだ。 私にとっての「尊敬する人」とは、「私が今考えたり悩んだりしていることの答えに、私以上に近づいている人」で、年齢や性別や人種に関係なく、私が生まれてから今までかかってたどり着いた地点より、既に先に行っている人はすべからく尊敬するようにしている。 そんな、私が尊敬している人の一人に、高校1年生の女の子がいる。彼女はネット上に自作の詩を公開している詩人だ。 彼女との出会いは2年前に遡る。その当時、私は人生に行き詰っていて、深く悩み、苦しんでいた。 そんな中、彼女の詩に出会った。彼女はその感受性の高さゆえに、世の欺瞞や自らの心の暗い部分の存在に悩んでいて、その思いを詩に乗せて吐露していた。 私の苦しみと、彼女の苦しみはちょうど合致していて、私が20数年かかってたどり着いた境地に、彼女が若干14歳にしてたどり着いていたことに驚嘆と感銘を覚え、すぐさま私は 「おじさんですが、あなたの詩に感動しました」 などとバカみたいなコメントを送って、それ以来「詩人とその1ファン」として、交流を続けている。 私もかつては自作で詩のようなものを書いていた時期があった。だが、今の私にはもうかつてのような感受性も力も残されていない。彼女の感性に触れる度に、そのことを痛感する。 人間は誰しも、いつかは衰え、枯れて、失われる。 自分が“変わっていってしまう”ことを塞き止められない人間が、世界が変わってしまうのを止めることなどできるのだろうか、という疑問は常に心のどこかにあって、それが私という人間の本質を支えている。 思い出す。かつてそこに、輝く何かがあったのだと。
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2007年11月13日
ゴミ袋がなくならない
雨の日になると、新聞がビニール袋に梱包されて配達されてくる。 このビニール袋、環境に配慮されていて、焼却してもダイオキシンを出さず、自然環境下において、最終的に水と炭酸ガスに自然分解されるらしい(袋そのものにそう書いてあった)。 なので、雨の日に新聞が届けられた際には、袋をはさみで上だけ切って新聞を取り出し、その袋をゴミ袋として利用させてもらっている。 こうして見ると、ゴミ袋として再利用できるものは結構あって、つい先日は、職場の人が通販で洋服を買った際、その洋服を包んでいた袋、というのをいただいてきた。これが結構容量があって、ゴミ袋としてはかなり使い勝手のいい袋になる。 そんなこんなで、新聞の袋やら、周りからのいただきものの袋などを貯め込んでいるのだが、問題が一つあって、私の場合、ゴミそのものを出さないように日常生活も工夫しているので(オリジン弁当が良い例)、ゴミを出すのも2~3週間に1回くらいしかないのだ。 なので、袋だけが貯まる貯まる。 けっこう新聞の袋などは週に1回ペースで手に入るので、生活でできるリサイクルとして、皆さんも試してみてください。
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