「クールライフ」をしよう

 また変なことを思いついた。

 ファーストライフとスローライフという言葉があります。環境問題ではよく知られた言葉です。
 今の人間の生き方は、急ぎすぎていて早すぎる。早さは余計な競争や余計な資源の浪費を生んでしまう。だからもっとゆっくりと生きたほうがいいんじゃないか。それがスローライフの考え方です。

 急いで、早く生きることは、資源やエネルギーを浪費してしまう。これは言うなれば「時間軸」での考え方です。1秒という時間の中でどれだけエネルギーをつぎ込むか、という観点ですね。

 となると、もう一つ考え方があって、「空間軸」でのエネルギーのつぎ込み方の問題もあると思うんです。
 要するに、「どれだけ熱を持って生きているか」ということです。
 その「熱」というのは、怒りから情熱まで、様々なものを含みます。言うなれば、「今ここにいる自分がどれだけエネルギーを放出しているか」ということです。

 ファーストライフがなぜいけないのか、と言われると、その早さによって、振り落とされるものが出てくるからです。早く、たくさん作りたい。早く、たくさん消費したい。そういった早さへの欲望が、地球を痛めてしまったり、人の心を痛めてしまったりわけです。
 早さによって振り落とされるものがあるのと同様に、「熱さ」によっても振り落とされるものが出てきます。
 例えば「努力」。努力をどれだけしているか、努力がどれだけできているかで、人間の価値が計られる。そうすることで、例えば「努力をしたくてもできない」というハンデを背負った人たちが早々に振り落とされてしまう。
 例えば「野心」。どれだけ大きな野望を持っているか、どれだけ大きな組織を作ろうとしているか、そういうことで事業や活動の評価が下されることで、例えば「小さなことからこつこつと」という考え方は、「小さい」ということで、評価が下げられてしまう。

 ファーストライフが誰かや何かを傷つけるように、熱い生き方、言うなれば「ヒートライフ」も誰かや何かを振り落とし、傷つける。

 もう、そういうのはやめにしませんか。
 「もっと早く」「もっと大量に」という考え方に変革が必要なように、「もっと野心を持って」「もっと情熱的に」という考え方にも、変革が必要な時代が、来ているのではないでしょうか。
 もっとゆっくり生きよう、というスローガンと同様に、「もっと静かに、もっと冷めて生きよう」そういう考え方をスローライフになぞらえて、

「クールライフ」

と名づけてはどうでしょう。
 CO2削減のために、暖房の温度を2℃下げるように、心の温度も2℃下げよう。そういう生き方を、提唱したいと思います。

 さて、そのためにいろいろアイデアがあるのですが、それはまた次回。