自分と向き合う

 自分と向き合わなければならないのだ、と思った。

 人は通常、常に他人や社会と向き合っている。だが他人も社会も“外部”のものだから、向き合う姿勢そのものに“対立”の概念がつきまとう。
 敵の相対はもちろん、味方同士、仲間同士との相対でさえも、「相手より上に立ちたい」「自分の事を良く見てほしい」「人に影響を与えたい」そんな欲望に常に苛まれ、それは結果として、比較や、競争や、主張や、利権などの対立を生んでしまう。
 対立から生まれるものは闘争や暴力に他ならず、その先にあるものは「戦争」だ。

 他人や社会との対立から脱却するためには、向き合うものを、外から内へ、つまり、「他人から自分」へシフトしていかなければならないのだ。

 自分と向き合う、とはどういうことか。
 自問と自制である。

 本当に自分はそれを望んでいるのか、本当に自分はそれを信じているのか、本当に自分はそうしたいのか。

 本当に信じるもののために、本当にやりたいことのために生きる。
 そして、自分が信じているものを他人にも信じさせようと思わず、他人が信じているものを否定することも避ける。
 それこそが、協調と理解を生むのではないか。

 私はすべての人と協調して生きたいと思う。
 ゆえに、他人を見ず、自分と向き合う。

 それは決して、矛盾していない。