2008年03月22日
温暖化は“瑣末”か
『バカの壁』で有名な養老孟司先生が、『本当の環境問題』という、環境問題に関する本を書いていて、今日の新聞にその広告が掲載されている。 じつは私は以前この本を立ち読みさせてもらっていて(買わなくてすいません)、内容もだいたい把握しているのだが、この本のキャッチコピーの一つとして 「地球温暖化など瑣末な問題だ」 というものがある。 実際に温暖化が瑣末な問題なのかどうか、ということに関しては議論が必要だろうが、養老先生の言いたいことも理解できる。 というのも、温暖化は象徴論、というか結果論だからだ。 温暖化がもたらした地球への損害はたくさんあって、その点だけ見れば温暖化は“原因”である、とも映るが、実際には温暖化は人類の歴史における何らかの“歪み”の結実である。 だから、その大元、というか黒幕を断たない限り、温暖化のような現象は人類の歴史において延々と繰り返されるだろう。 よくロールプレイングゲームで、下僕を呼んで自分を守らせるタイプのボスキャラがいるが、そういう敵に対して、呼ばれた下僕ばかりを相手にしていると、いつまでたってもボスキャラにダメージを与えられない。 温暖化対策はそんな状況に似ていて、温暖化を解決しよう、とかCO2を減らそう、という議論そのものが、根本的な解決になっていない、という側面がある。 ではその“歪み”とは何なのか。 それは「資本主義」というシステムそのものだ、という人もいれば、アメリカ式経済への追従だ、という人もいる。『mixi』のとあるトピックでは「民主主義における“平等”と“自由”が機能していない結果」と言う人がいてなるほどな、と思ったし、養老先生は「石油依存社会」の責任に言及している。 ちなみに私はその“歪み”とは、「知性」と「理性」と「静寂」を、人々が切り離したことだ、と考えていて、そのことは以前の記事でも繰り返し言及している。 とにかく、環境問題における諸議論が深く詰められてきたことによって、CO2削減や、「チームマイナス6%」や、あるいは地球温暖化を議論すること自体が、根本的な問題から目を逸らさせる意図的な工作なのではないか、という疑念が徐々に定着しつつある。 “瑣末”な問題であるかどうかは別として、そろそろ温暖化という表出的で浅薄な議論を脱する段階にきている、という意味では、環境問題における議論は、確実に次のステップに進みつつある、と感じる。
- posted by よっひ~ |
- 23:40 |
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