エコロジカル・メタボリックシンドローム

 昨日の新聞に、とあるコーンスターチを製造している会社が、コーンスターチの原料として、遺伝子組み換えトウモロコシを使う方針を明らかにした、というニュースが掲載されていた。
 そのほとんどは工業用に利用されるが、一部食用にも使われるものもあるという。

 なぜその会社は、遺伝子組み換えトウモロコシを使用するに至ったのか。
 「トウモロコシの輸入先である米国では、バイオ燃料向けにトウモロコシの需要が増え続け、その中で栽培のしやすい遺伝子組み換えトウモロコシの作付面積が急増している」と新聞は報じている。
 つまりバイオ燃料にトウモロコシの供給が奪われている現状で、これまでと同じ量のトウモロコシを輸入するためには、遺伝子組み換えトウモロコシに手をつけるのもやむなし、との結論に至った、というわけだ。

 バイオ燃料は、石油に代わるCO2排出量の少ない燃料として、近年注目を集めている。だがそのバイオ燃料を確保するためには、食の安全を犠牲にしなければならない。
 言うなれば、その会社は
 「環境を守るために、環境を破壊するもやむなきに至りました」
 と宣告したのである。
 そして、この動きは、今後他企業でも広まる可能性があるという。


 人はすべてを手にすることはできない。
 バイオ燃料にトウモロコシを使うのであれば、食用に遺伝子組み換えトウモロコシを使うのもやむを得ない。原発を止めるためなら、CO2排出量のより高い発電法を採用することもやむを得ない。国産の食物だけで生活するなら、国民が今まで以上にひもじい食生活を送ることも止むをえない。・・・
 両極端な2つの選択を迫られた場合、人はどちらかを捨て、どちらかを選択しなければならない。
 それは環境問題だって同じことで、本来ある立場を取ることになれば、他方を立場を捨てなければならないのが道理のはずなのだが、こと環境問題においてはその道理が成立していない。
 CO2を減らしたい、でも、食の安全も守りたいし、原発は止めたいし、戦争も止めたいし、あれも取りたいこれも取りたい全部取りたい・・・
 あれもこれもと贅沢に全部手に入れようとして、結局何も手に入れられず、すべてを失う。
 その象徴が今回のニュースで、 このニュースは環境問題における「二兎を追うもの一兎を得ず」と端的に証明した形になった。


 大量生産大量消費が、環境破壊の一番の元凶だと指摘されて久しいが、それとまったく逆の動きで、環境保護のためにあれも取りたいこれも取りたいと、“環境保護を大量生産大量消費”している人たちは、少なからず存在する。
 そんな、個人が抱えられる許容量の限界を超えて、抱えたものを捨てられずぶくぶくとエコに肥え続ける姿勢を
 「エコロジカル・メタボリックシンドローム」
 と名付けたい。

 CO2を減らすために動物を犠牲にすることもあるかもしれない。食の安全を守るために途上国の人の生活を絶やさなくてはならないこともあるかもしれない。森林伐採を止めるために、戦争をしなければならないこともあるかもしれない。
 人は何かを得るときには、その代償として何かを手放さなくてはならない。すべてを抱えることはできないのだ。すべてを抱えようとすれば、その代償としてすべてを失うこととなる。

 あなたは、「エコメタボ」には、なっていないか。