2008年05月06日
街は「精神的共同体」と化す
最近は本をあまり読まなくなった。情報を吸収するより、このブログに記事を載せるために頭を働かせることに忙しい。 それでも、たまに立ち読み目的で本屋に行くのだが、最近ますます経済関係、というか仕事のマニュアル本で「~しなさい」とか「~しろ」とか「~するな」というタイトルの本が増えているように感じる。ここ5年だけで、そのようなタイトルの本は少なくとも3倍から4倍に膨れ上がったのではないだろうか。 「~しなさい」とか「~しろ」と言う側がいて、それをありがたく頭を下げて拝見する側がいる、ということは、それだけこの国に「階層化」が広がっている、ということだが、誰もそういうことを言わない。 階層化はこの国の人々を富裕層と貧困層に分断し、既に貧困層は富裕層に比べて、受けられるサービスや誇示できる権利などに差が生まれ始めているが、貧困の只中にいる人たちは、その事実を決して認めようとはせず、その弊害は、新聞などに報道される犯罪率の増加や、不合理な要求や苦情の件数、といった統計で示されることになるだろう。 現在既に、犯罪や危険から逃れるために、東京で言えば広尾や白金台などの高級住宅街に逃げ込む人たちが増えている。 アメリカで犯罪者を囲い込むために、スラム街が生まれたのと同じように、今後この国でも、「街」という単位は、階層を示す象徴として機能するようになるだろう。 現在の傾向からするに、今後街は以下の4階層に分かれていくことになると思う。 ①富裕層の街 例えば、先述した広尾や白金台など、富裕層が自らの生活の質と安全を保障するために存在する街。富裕層たちは安全を金で買うことにより、(例えばそれは商店街の監視カメラの設置であったり、マンション全体の瞳孔暗証キー化であったり)、街全体に強固なバリケードを張り、自分たちだけのユートピアを築こうとするだろう。 ②宗教的共同体 創価学会における信濃町であったり、天理教における奈良県天理市のように、一宗教による街の独占によって築かれる運命共同体。アメリカの中には、既にそのような一宗教による集落は各地に存在しており、精神的な団結を得るために、同じ信仰を持つ人たちが一つの街に結集する、という傾向は今後ますます強まっていく気がする。 ③エコヴィレッジ 奥多摩にある「太陽の街」や、「Be good cafe」プロデュースによるパーマカルチャーヴィレッジのように、自給自足の生活や環境に優しい生活を求めて築かれた環境と共生するための集落。現段階では、まだ「集落」の単位でしかないが、これからますますエコロジーが重要視され、エコ生活を志向する人たちが増えていけば、一集落から、村や街単位に発展する可能性は十分ありえる。 ④貧困層の街 スラム街、というような明らかな犯罪都市のようなものが日本に生まれるとは考えにくいが、例えば新宿の歌舞伎町などのように、見捨てられた貧困層の受け皿として、この国の暗部を担う街は今後ますます増えていくだろうし、これからこの国は2割の富裕層と8割の貧困層に分断される、という説を信用するならば、今後この国の街の8割が歌舞伎町化する可能性もあり、すでに東京では、“準歌舞伎町”と化している街も、幾つか存在している。 とにかくこれからは、様々な層が集まって1つの街を形成している、というあり方から、同じ考え方、同じライフスタイルを持つ人たちが結集して街を形成する、というあり方に徐々に変わっていくだろうし、おそらく人の心を守り、平和や環境を守る、という意味合いにおいても、そのような傾向に動いていったほうがいいような気がする。 これから街は、「精神的共同体」の代名詞として動き出すだろう。 引越しの準備が、必要かもしれない。
- posted by よっひ~ |
- 21:47 |
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