「今だけ良ければ」と思うほど、今は良いものか

 今は本当にいい時代、だろうか。

 人殺しをした日雇い労働者が神として崇められたり、祖父が自分が生み育てた家族全員を殺害しなければならなかったり、後期高齢者の年金が知らぬ間に根こそぎ取られたり、学校の給食費を払えないほど困窮した家族が続出したり、30代働き盛り世代の鬱病が急増したり、一度就労において汚点を作ってしまったら2度と敗者復活はできなかったり、10代前半にして世界に絶望して自殺する子供が増えたり、産婦人科が次々を廃業して子供を生めない街ができあがったり、物価が続々と高騰してろくなものを食べられない人がでてきたり、年収200万以下で、生涯結婚できない男が増えたり、ネットカフェにもカフェの外にも難民やホームレスが溢れたり、

 お世辞にもあまり良い時代だとは思えない。もしかすると、その絶望感と閉塞感で言えば、戦後最悪とも言えるかもしれない。


 ゴミをポイ捨てしたり、環境を破壊したりする人は、「今さえ良ければそれでいい」という論理に支配されている、と私たちは思っている。
 だが「今さえよければそれでいい」と思うほどに、そういう人たちは「今を良い」と感じて生きているのだろうか。
 
おそらく「今は良い時代か」と問われて、胸を張って「今は良い時代だ」と断言できる人はいないだろう。
  「今は最悪だ」と人々は思っている、と私たちにも容易に想像はつく。だが、環境の時だけ「今だけ良ければそれでいい」と人々は思っている、というのは、どこか矛盾していないだろうか。

 矢印はどこへ向かおうとしているのか。私たちは皆、それを見失ってはいないだろうか。