消費ではなく生産を改める

 根本的な部分で、大きな勘違いをしていたのかもしれない。

 過去に記事にしたことがあるが、私は常時利用している総菜屋さんの量り売りカップを、いつも洗って持ち歩いていて、その総菜屋を理由する際には、袋だけでなくカップもリユースし、ゴミを出さないようにしていた。
 そして、その行いは、自分なりの正義だと思っていた。

 だがそれでも総菜屋では、毎日新しいカップが陳列されては古いカップは破棄されて、同様に食材そのものも、毎日とても全部売り切れないだろうと言うほどに山盛りに積まれては、毎日古い食材は破棄され続けていた。
 消費者が消費者の立場でゴミの量を減らしたとしても、「作られる“ゴミ”」の量は変わらない。
 環境のことを根本的に考えるならば、消費を減らすよりも、“生産・受注”を減らす方法を考えなければならず、そういう意味では、私を含めて消費者は、「ゴミを減らせる工夫をしているお店」ではなく、「その日のうちに売り切れて、商品を余らせるようなことをしない店」を選択しなければならなかったのだ。

 なので少し買い物の方法を改めることにした。

 正義は、常いかなるときも正義である、とは限らない。