スローライフの本当の意味

 風邪を引いて身体がだるく、でかけるのも億劫となると、どうしてもレトルト食品に頼ってしまう。
 精神的に押し潰されそうになっていて、何も手につかない、という時に外に出なければいけない、となるとついついマイ箸を忘れてしまう。
 悩み事が多く、一人で考える時間が長くなると、どうしても夜更かししてしまう。

 こういう風に考えていくと、じつはエコロジーというものは、「心身ともに健常な状態」にあって初めて可能なのだ、ということに気づく。
 言い方を変えれば、持続可能な社会であったり、低炭素社会であったり、(あるいは平和な社会であったり、思いやりのある社会であったり、とも言えるかもしれない)、そういった社会を実現するためには、さしあたって「誰もが心身ともに健常な状態を維持できること」が不可欠なのだ、ということになる。

 そういう意味で言えば、じつは俗に「スローライフ」と呼ばれるライフスタイルの「スロー」とは、早いとか遅いという「速度」が問題なのではなくて、体力的精神的に追い詰められないだけの「余裕」や「ゆとり」が必要だ、ということを指しているのではないか、と思うのだ。
 ゆっくり生きていたって追い詰められる人はいるかもしれないし、逆に早く起きることで余裕やゆとりを感じる人もいるかもしれない。そこで重要なのは、単純に早いものを遅くすることではなく、心身のゆとりを軸として速度をゆとりに合わせて修正することなのではないだろうか。

 とりあえず、精神的に余裕がないと、エコロジーもへったくれもないのである。心とは、そういうものだ。