2008年08月03日
「打ち水」が今非常に危ない
昨日、秋葉原で「打ち水っ娘大集合!」というイベントが行われたらしい。 ヒートアイランド現象に対抗するため、日本古来の風習である「打ち水」で、都会を冷やそう、という「打ち水大作戦」の秋葉原版と言えるもので、厳粛な神社の境内で、コスプレをした女の子たちが群がって打ち水をした、ということで、賞賛の声もあったり批判の声も上ったりしている。 打ち水大作戦はいいのだが、1点非常に気になっていることがある。 そもそも打ち水は、朝夕の涼しい時間帯に行わなければ意味がない。涼しい時間帯に撒いておいた水が、1日の気温上昇と共に徐々に蒸発していくことで、昼間の気温上昇を妨げる、というのが本来の打ち水の効能で、真昼間暑い最中に水を撒いたとしても、まさに「焼け石に水」で、一瞬涼しくなる瞬間はあるものの、その効果は10分と持続しないからだ。 で、「打ち水っ娘大集合!」のホームページを見てみると・・・打ち水の時間が「15:30~16:00」と書いてある。 「打ち水大作戦」も・・・「7月22日~8月23日の「正午」に打ち水をしよう」とある。 つまり「打ち水をしても一番効果のない時間帯」に、これらのイベントでは、打ち水を行っているのである。 もちろんイベント事なので、一番「見栄え的に映える時間帯」ということで、この時間帯を設定しているのだろうが、問題なのは、打ち水大作戦に感銘を受けた人たちが「昼間の暑い時間帯に打ち水はやったほうがいい」という間違った知識を得てしまい、実際に真昼間に打ち水をする人たちが、着々と増えてきている、ということだ。 エコアクションを取るならば、ちゃんと正しい知識を身につけて、正しい所作でアクションをしないと、却って逆効果になってしまうこともありうる。 このまま「打ち水」は、エコアクションをしているつもりでなんの実効性も持てないものとして、定着してしまうのだろうか。
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2008年08月03日
困窮と「低位性満足」
「低位性満足」という言葉が存在するらしい。 今までこのブログに記事では(一般論とそう相違ないと思う)、エコロジーに対する反発として「エコロジーどころでない」ほどに困窮した状態にある人々が存在する、と指摘してきた。 だが、もう一つ観点があって、世界には「程度の低い喜びで満足している人たち」が存在する。 ささやかな幸せで満足している、と言えば聞こえはいいかもしれないが、要するに一日中ネットゲームをしていたり、仕事後のキャバクラ通いが人生唯一の癒しであったり、ユニクロで3足5000円のジーパンをまとめ買いすることに快楽を感じたり、「高尚か低俗か」という意味合いにおいての「低俗」な幸せで十分充足している状態を、「低位性満足」と言うのだそうだ。 現在社会問題化されているニートの問題も、家族の問題や格差の問題と共に、「低位性満足」の積み重ねで人生を終えることをポジティブに選択する若者が増えたのが原因なのではないか、という分析もある。 そういう人たちにとっては、地球温暖化や地球の破滅など、ポジティブな意味で「取るに足らないもの」として解釈される。地球温暖化OK、世界が破滅してもOK、だって「東京が海に沈んで動物や世界の人々が破滅しても、キャバクラに行ければ自分は幸せだもの」というのである。 そういう人たちは、世界の現状に不満を感じているわけではないから、そもそもエコロジーに心が向かう“きっかけ”そのものが存在しない。 例えば、エコロジーに反発するほどに困窮している人々に対しては、彼らのための社会的なセーフティネットを用意すればよい、と、その実現性は抜きにして解決策はなんとなくイメージできる。 だが、現状に満足してしまっている人たちに、「不満を持て!」を煽りかける形で、エコロジーに目を向けさせるのは簡単ではないだろう。 「低位性満足」に安住する人たちに、世界の現状をどう伝えればいいのか。非常に大切な目線だと思うが、これまでそのようなことが語られることは、ほとんどなかったような気がする。
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