温暖化をカネに“する”とはどういうことか

 『ecogroove』さんの「「温暖化」がカネになる」という記事について。

 記事によると、『「温暖化」がカネになる』という本があって、「金儲けの欲望が地球環境を守る」というキャッチコピーが付されている。
 「人間の「損したくない」「儲けたい」という欲望をひきつけることで、全体としては温室効果ガスを削減することができることであり、善である」というのが、欧米の基本的な姿勢であるらしい。

 そこで考える。「ほう、そこまで話は単純明快かね??」

 例えば「ダイキン」というエアコンメーカーがあって、今その会社が企業広告を電車の中吊りに打ち出している。
 その広告によると、日本では当たり前にように普及している「インバーター式エアコン」が、世界ではまだまだ普及していないらしい。「インバーター式」とは、温度設定によって風の強さを自動調整する機能で、その機能がついていないと、設定温度まで一気に風を送り、設定温度まで達したら止まり、また一気に風を送る、ということを繰り返すため、非常に電気効率が悪いらしい。
 なので、インバーター式エアコンを普及させることは、CO2の排出を抑制し、地球環境を守るので、ダイキンは、インバーター式エアコンを世界中に売り出すことを「環境貢献」としての使命だ、と認識しているのだそうだ。

 さあでは、実際インバーター式エアコンが世界中に普及したとして、CO2排出を抑制するエアコンだから、と世界中でガンガンインバーター式エアコンが使われるようになったとしよう。
 エアコンをガンガン使うことは、「環境貢献」になるのだろうか?

 問題なのは、ダイキンは冗談を言っているわけでも無知なのでもなく、本気で地球の将来を憂い、本気で「自分たちのエアコンが大量に売れれば地球の環境は守られる」と確信している、ということだ。

 そういうことはこの国だけを考えても、いたるところで行われている。
 例えば、「2007Ver.」「2008Ver.」という形で毎年新しいデザインのエコバッグを開発しているメーカーがある。
 彼らは「エコとファッションを結びつけて、エコはおしゃれだ、と認識されれば地球環境は守れるはずだ」と本気で確信して、1年ごとにエコバッグを買い換えるようにと宣伝している。
 1年ごとにエコバッグを買い換えて使い捨てしていては、エコにならないのでは?という考えは毛頭ない。
 例えば、「Think the Earthプロジェクト」が主催している「Water Planet」というイベントがある。
 自社で製作したマイボトルを買って、都内各所にある「オアシス」と呼ばれるポイントに行けば、無料でボトルに給水してもらえる、というものだが、イベントが終了し、給水ポイントが撤去されれば、マイボトルの持つ必然性が失われて、マイボトルは使い捨てになるのではないか、という可能性は、考慮されていない。

 「カネになる」「儲かる」という以上、資本主義のこの世界では、何かしらのモノを、大量生産し大量消費させなければならない。
 「人間の「損したくない」「儲けたい」という欲望をひきつけることで、全体としては温室効果ガスを削減することができることであり、善である」という言説は、「本当にその欲望を成就させることで温室効果ガスを現実的に・正確に削減できる」という前提が必要で、その前提がきちんと成立するのかどうかは、まったく話が別だ。

 厳密に言うと「温暖化がカネになる」という表現は正確ではなくて、人為的操作によって「温暖化をカネに“する”」という言い方が正解だ。
 カネにする、という操作が加わる以上、どこかに必ず負荷があって、本当に温暖化をビジネスにして、この星は救われるのか、改めて考え直す必要が出てくるだろう。

世界崩壊後の東京物語

 今日は東京に久しぶりの雨が降ったが、そういえば東京に関して言えば、ここ最近は2週間に1回程度しか雨が降っていない。
 香川県などでは、既に取水制限などもしかれているようだが、東京で取水制限をして水道の水が止まった、という経験を、少なくとも私はしたことがない。
 東京も一度取水制限が敷かれて、水を飲みたくても水が出ない、という状況を経験したほうが、エコロジー的に危機感を持つきっかけにもなっていいのではないか、と思うのだが、東京は取水制限が敷かれない技術やシステムを開発している、ということなのだろうか。

 そういえば、1年に1度くらいの割で、「東京に大震災が起きたらこれだけの被害が出る」というシミュレーションが雑誌などに掲載されるが、実際に大震災が起きる気配もない。
 東京が潰れてしまうと日本という国の機能の大部分が失われるため、防御システムが堅強なのは想像に難くないが、それにしてもここまで東京が災害や危機的状況と無縁なのは、何か霊的な因果が絡んでいるのではないか、とまで疑いたくもなってしまうし、実際東京に住んでいる人で「世界が破滅したとしても東京だけは守られる」と本気で思っている人は、おそらく数万単位で存在するだろう。

 これから、望む望まないに関わらず、地球の崩壊は進んでいくだろう。そういう意味合いで考えると、これから既得権益を死守したいと考える政治家や利権者は、「世界を破滅させない方法」ではなく、「世界が破滅したとしても東京だけは守る方法」を考える方向へシフトしていくかもしれない。
 元々エコロジーとは「世界全体を守る」ということが前提にあって、もし「世界のすべてを崩壊させ、その他の地域の人々を根絶やしにしても、東京だけは守っていこう」という考え方が生まれれば、エコロジーとは袂を分かつことになる。そして、「袂を分かってもいいじゃない」ということになれば、エコロジーにおける様々な前提が、崩壊することになるだろう。

 たぶん地球の崩壊が間近に迫るにつれて、対立の構図も変わっていくことになる。東京が本当の“危機”に陥った時、人々の隠された欲望や利権が露になるだろうし、できるだけそういう“時”は早目を訪れたほうが良い。そう思っている。