2008年04月29日
私が思う命、その一
今、連合赤軍の浅間山荘を扱った番組を見ている 人の命と思想、そして組織と言うものの断片を垣間見て 個々の思いと組織のシンパシーが、必ずしも永劫共通ではなく 正しいと思った事が、いつの間にか強い誘導性の中で曲がり 曲がった事にも気付かないと言う事があるんだと思った 語り手はベトナムの戦争を止めたいと思っているのに 事件では、組織の中で兄さえも死に至らしめている 粛清と言うのだろうか、意見の合わない者を暴力で排除 あるいは蚊帳の外に追いやる事を、正しい行いとしている 反論のない意見は、ただの主張でしかない 反論を得て、初めて実効性の高い物になるんじゃないか そんな考えは微塵も入り込めない、それが組織 リンチはその時、粛清だったのかもしれない 冷静になれば、ただの人殺しだったと思う時があったとしても 方向が人を誘導するのか、人が方向を決めるのか 答えがあろうと無かろうと、過ぎる前に気付く事は少ない それが人間だから・・・ エコとはちょっと違うかもしれないけど 捕鯨船に講義をする団体を、今思い出していた 命を守る為に、別の命を危うくするのはどうなのか? 出来れば全ての人に優しい形を、誰か見出してくれないか
- posted by marurun |
- 00:12 |
- 世界の事 |
- コメント(0) |
- トラックバック(0)


