はじめまして

みなさん、はじめまして。
おおきなおおきな原野の片隅で
ひっそりと暮らすmizunaraです。
よろしくお願いします。

マイナス21.8℃
おおきな原野は
最低温度を更新しながら
どんどん冷え込んでいきます。

けれども、おおきな原野の片隅では
薪ストーブがやさしく燃えています。
その炎はゆらゆらと揺れながら
私たちの身体と心を暖めてくれます。

薪は私たちを三度、暖めてくれます。
薪を切る時、
薪を割る時、
薪を燃やす時・・・・



樹木はこうして暖をとるだけではなく、
家具や家となったり、
落ち葉は朽ちて腐葉土となり
ちいさな命の住処と食料となります。
しっかりと根をはった森の土壌は
降った雨を蓄える天然のダムとなり、
表土の流出や、崖崩れをおさえます。
光合成によって2酸化炭素を酸素に変え
きれいな空気を作ってくれています。


樹木の命は数百年、時には千年を超えて生き続けるものもあります。
数百年、千年という時間を単位として
命が生まれ、引き継がれる調和のとれた世界を
創り、そして守り続ける木々・・・

ものを言うこともなく、
じっと耐え続ける木々は
どれほど私たちに、
そして、この世界に
恩恵を与えてくれているのでしょう。

私たち人は
私たち自身に、
そして、この世界にいったい何を
もたらしているのでしょう?
もたらすどころか、
人は仲間から奪い、苦しめ、時には殺し
そして自然を破壊しつくしています。
人間は、自分たちに
霊長類という分類を与えました。
霊長とは
「生物の中で一番進化したもの」
という意味です。
進化とは、奪い、破壊し殺戮することだったのでしょうか?
だとしたら進化とはなんと悲しいことなのでしょう。
霊長という名にあぐらをかき
自惚れる人間はなんと愚かなことでしょう。

アメリカの先住民族の教えに
七世代先のことを考えて行動する・・というものがあります。
自分たちの生活の基盤となる自然から
穫りつくすことなく、共生しながら
豊かに生きるための教えでもありました。
いにしえの日本民族もまた
自然を穫りつくすことなく、自然と共生する
豊かな生き方をしていたはずです。
七世代というと一世代30年として210年・・・・
2〜300年を単位として考え、行動し、生きなさい・・・
ということなのでしょう。

けれども木々たちの命の単位は時に千年・・・
思考も意思も持たないと思われている木々たちは
実は数百年、千年を考え調和のとれた世界を
創り出す生き方を、自ら選択し、
実行しています。
この地球上で最も長く生き、
そして、命がはぐまれる環境を創造する・・・
これほど霊長的な生き方が
ほかにあるのでしょうか?

私たち人は、霊長という名に恥じない生き方を再び選択するか、
あるいは、木々たちに霊長という名を譲れるほどの、
分別と賢さがまだ残っていることを
私は信じたい・・・
そして、私たちは木々たちや自然から
敬虔に教えを乞い、
世界から奪い、破壊するだけの存在ではなく
この地球に生きる命の一員として
共に豊かに幸せに生きる道を
探るべきなのです。

今から60数年前、日本人は
少なくとも、人同士の無駄な殺戮である
戦争をやめることを
誓った憲法9条を制定しました。
これは、木々たちや自然の思想と行動に表れている
「命とはどうあるべきか」ということに
ようやく気がついた人々の賢さでしょう。
けれども、その命の共存の基礎となる憲法9条を破棄し、
悲しみと苦しみと憎しみしか生み出さない
殺戮—戦争を再び容認する人々が
増えてきています。

霊長である人よ・・・
生物の中で一番進化したものである人よ・・・
あなたの思想、行動はその程度で
恥ずかしくはありませんか・・・・?

数百年を生きた木々が燃える
原初の炎は
人がかって、自然の一員だったころの
記憶を思い出させてくれます。

おおきな原野では
毎夜、そのやさしい炎が
ゆっくりと揺れながら
私を包み込みます。

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