2008年04月17日
きゅうりと憲法
きゅうりの苗が ぐんぐんと伸びていく。 まるで、森の中の大木のように・・・ それは、 命がエネルギーであることを 教えてくれる・・・ このきゅうりは 夏の間にせっせと収穫し たくさんのピクルスの瓶詰めを作り、 貯蔵室に冬まで保存される。 私たちは冬の間中は 収穫し貯蔵した じゃがいも、ニンジン、タマネギ、ビーツだけを 食べ続ける。 それは、こうした貯蔵に適した野菜が 冬の旬の野菜だから・・・ 私たちはいつも 旬を食べる・・・ それが、自然だから・・・
きゅうりのピクルスは そんな冬の食卓を 飾る貴重な食べ物・・・ スライスしてパンケーキにのせたり、 タルタルソースになったり、 そのままボリッとかじったり・・・ 雪に閉ざされた、 マイナス30℃を超える寒さの中でも、 質素だけれども、 自ら創り上げた、豊かな豊かな食卓は 私たちを暖めてくれる・・・ そんな冬のために・・・ つまり、未来のために 私たちは今種を撒く・・・ そして、それは ただ次の冬だけのためではない・・・ 農薬や化学肥料を使わないことは、 この原野の土壌に暮らす 無数の命との共存の世界のために・・・ 化学物質の充満した 得体の知れない未来に 怯えることもない世界のために・・・ なにより、 ものを作り出す行為が 尊重される世界にために・・・ ずーっと先、 未来を見ながら 種を今撒く・・・・ そして、そのために見るのは 未来だけではない 私の農の経験は 25年・・つまり25回しかない それでも、その25回の経験は 教えてくれる。 より良い結果を出すために・・・ 同じ失敗を繰り返さないために・・・ 今、私に 何をすべきで、何をしてはいけないかを・・・ それは過去を見ること・・・ 私は自分の経験以外にも この地に古くから暮らす たくさんの人から 多くのことを教えられ、学んだ・・・ たくさんの人の経験の 幾重もの積み重ねが歴史となる 未来に希望と夢を持つとき 私たちは過去を知り、歴史に学ぼうとする・・・ 今、私たちに 何をすべきで、何をしてはいけないかを・・・ 逆に言えば 過去を知ろうとしないことは 未来に希望を持っていないことになる 沖縄で、第2次世界大戦のときに 日本軍による集団自決の命令の記述が 教科書から消されたことに対して 多くの抗議の声があがった 歴史を知ろうとしないばかりか 歪曲し、消し去ろうとする人々がいる 彼らは未来を見ているのだろうか 過去を見ない者たちに 子どもたちの未来を語ってほしくはない・・・ 歴史を消し去ろうとする者たちに 政治を任せたくはない・・・ 過去を捨て去ることは 明日を、未来を、希望をも、 失ったこと・・・ しかし、そのまえに あなた自身が 未来に希望はあるのだろうか? 過去に学ぼうとしているのだろうか? 希望を失った世界は 生きるに値しないのです 後期高齢者医療制度が始まった これが私たちが過去から学びながら 見据えた未来の姿だったのだろうか 広く学ぼうとすれば いくつもの先進事例が見つかったはず・・・ アメリカ型の医療 北欧型の医療 これほど見事な 失敗と成功の見本がありながら この国が選択したのは 生きるに値しない 希望を失った世界 夢と希望がある未来のために 過去から、歴史から学び より良い結果を出すために・・・ 同じ失敗を繰り返さないために・・・ たゆまぬ学びと、対話を続けていく これが憲法9条の理念と同じであることを 私は信じている 私には生きていて、 明日がある。 だから、過去を大切にしながら 今、種を撒く 何をすべきで、何をしてはいけないかを・・・
- posted by mizunara |
- 09:58 |
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