2008年06月09日
生殺与奪の権
夕方、いつものように 犬たちと草原を散歩していると 足元から突然、小鳥が飛び立った ひばりだろうか・・・ 何気なく下を見ると そこには、ちいさな巣と そして中には ちいさなちいさな卵が四つ 大地はこんなにも優しい・・・
この四つの命の はたしていくつが 大空へ飛び立つことができるのだろう きつねやへびやからす・・・ 命を奪う者はたくさんいる それは,一見残酷にも見える けれどもそれは,今の人の社会に 垣間見える残酷さとは・・・ ・ ・・異質のもの ちいさな卵は 何かの命の糧になるかもしれない そこには・・・ 大地には・・・ つながる命がある 命のつながりを絶ってしまった 現代社会はもはや 残忍と呼ぶしかない その残忍さは 一部の凶悪な犯罪者だけではなく 政治家や経営者をふくむ この社会に暮らす すべての人の心に潜んでしまっている それはこうした大地で生きるために 繰り広げられる殺生をひきあいにしながら ・・・だから人にも殺す権利がある・・・などと言い、 軍事力などの暴力を認める発言からも その愚かな残忍さが見て取れる 確かに私たちは日々 たくさんの命を食べたり,利用することで 生きている けれどもそれはけっして 生殺与奪の権ではない 「生殺与奪の権とは・・・ 相手を生かそうと殺そうと,物を取り上げようと与えようと、 自分の思うままにできる武力」 生きるための権利と義務を この生殺与奪の権とはきちがえ 私利私欲のために あらゆる暴力を認める 心貧しく,愚かで残忍な私たち・・・ 軍事力を持つということ 人を殺す武器を持つということは 心の中の残忍さを現しているにすぎない そしてその残忍さが同時に 政治家も凶悪犯も 生殺与奪の権を 思うがままに行使することを 許している・・・ 私はこの原野で ヒバリたちのように生きていきたい・・・
- posted by mizunara |
- 12:29 |
- 森とともに |
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