冬きたりなば春・・・

朱に染まる

紅葉の先に見る

冬と春



北の大地が
秋の錦につつまれて輝いている。
その紅葉も昨夜の強風にふきとばされ
すでに大地は、
物悲しい初冬のおもかげを見せ始めている。

どれほど息を飲むほどの
秋の彩りに心ふるわせても、
なぜかこの風景には
一抹の淋しさを隠せない。

それは・・・・
あの厳しいふゆを、その先に見るから・・・
けれどもその冬を耐えられるのは
そのもっと先に春を見ることができるから・・・
それはほのかな期待・・・
かすかな希望・・・・

ひとつ先の季節
そしてまたその先の季節
そこに希望と期待を見いだせるからこそ
人は今を生きられる・・・

老後と言う人生の終焉もまた
次の世代へ希望と期待を託せるからこそ
その終わりはけっして冬では
なかった・・・・

なかった・・・
それが今壊されつつある・・・
後期高齢者医療制度
年金でほそぼそではあるが
節約しながらもお金をため
温泉にでかけたり
孫におこづかいをあげたり・・・
そんな庶民のちいさな願いさえ
年金から支払わせ、
消費税によって苦しい暮らしを
さらに重くしている。
年金はささやかではあるが
幸せに生きるための最低限の保険だったはず・・・
そこからさえ、むしりとり
最後の骨までしゃぶろうとする
飢えたものたちによって、
期待さえ消えた・・・・

そして,希望を託すはずの
次世代の若者たちも
金銭的にも精神的にも
追いつめられ
そこには希望は見えない・・・

そこには春は見えない・・・

季節には何もしなくても、必ず春がめぐってくる・・・
だから同じように人の社会でも,
冬の次には春が来るのだろうか?

いや、人の社会では
つねに春を奪おうとする
冬の心を持ったものたちが
魑魅魍魎のように
次から次へと発生することに
気がつかなければならなかった。

だから、
私たちは、春が来るために
それを守り、闘わなくてはならなかった。
私たちは春を待つための努力を怠ってはならなかったのだ。

人生の最後を
冬で終わらせていいのだろうか・・

終わらせないための戦いを民主主義と呼ぶ。

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