幸いなるかな赤い貧しさ

原野は今朝マイナス20.8℃。
こんなシバレル日には,心も体も温まるものが食べたくなる。
今年もまたこのスープが食卓に上る季節になりました。
すべてが我が家の畑で穫れた野菜だけで作られたスープ
にんじん、たまねぎ、じゃがいも、ビーツと干したズッキーニ、
そして、むらさきキャベツのザワークラウト。

貧しいものから何一つ奪わず、
そして,小さき命の揺りかごである
自然を破壊することない生き方・・・

そんな生き方をするために、
お金や地位や名誉よりも
あえて,私は貧しさを選んだ・・・・
けれども、それは、きわめて貧しい暮らし。

きわめて貧しいことを赤貧という。
赤いスープに、赤いキャベツ
この赤い食べ物たちは
赤貧な私の暮らしを
なんと端的に現していることだろう!

赤い貧しさ・・・・

けれども、それは
ゆたかな貧しさ・・・・

幸いなるかな赤い貧しさ



ワーキングプアーという言葉を
目にしない,耳にしない日がないほど
この言葉は,この1〜2年で日常化してしまったようだ。
けれども、すでに数10年も前から、
ワーキングプアーは世界中に存在していた。
東南アジアのバナナプランテーションなどで
劣悪な労働環境で働かされる人々・・・・
生きていくことさえできない低賃金で、そして、
防護服さえも支給されずに、
背よりはるかに高いバナナの農薬散布をおこない、
農薬にびしょぬれになりながら
やがてその農薬に体を蝕まれ、
健康を損ね、捨てられていく人々・・・

私たちは、彼らが命と引き換えに育てた、
安いバナナをむさぼり食べながら、
豊かさと便利さを謳歌していたにすぎない・・・

100円ショップで売られる商品も、
価格破壊と呼ばれた安い衣料品も、電化製品も
遠い異国でワーキングプアーによって
作られていたことを,知らなかったのか・・・
それとも,知りながら,気付かぬふりをしていたのか・・・

それが今、国内で,その足元で貧困問題が表面化し
あわてふためいている・・・

世界のどこかで起きていることは、
やがて、いつかは、我々の身にも降り掛かることを
忘れてはならなかったのだ。

それは,戦争にも環境破壊にも同じことが言える・・・

世界のどこかで起きていることは、
やがて、いつかは、我々の身に降り掛かることを
忘れてはならないのだ。

人より楽をしようと思えば、
誰かが、より苦しまなければならない。
人より得をしようと思えば
誰かが、より損をしなければならない。
そして,その「誰か」が
私や、あなたではないという保証などどこにもない・・・・

そうならないために・・・・
豊かな貧しさを選ぶ勇気をもとう。

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